人魚。きっと知らない人はいない、美しき水辺の怪物。この怪物に的を絞った素敵な短編を、どうぞじっくりご賞味ください。
『人魚の血』であなたの中の人魚を探そう
人魚と聞いて、あなたはどんなものを思い出すでしょうか。児童向けの童話の本の挿絵? あるいは、いんちきくささ漂う人魚のミイラ? それとも、一時期話題を博した人面魚? それとも…それとも…。
このように、私たちの暮らしには、思った以上に人魚があふれかえっているものです。自分固有の「人魚像」は、いつのまにか、それぞれ私たちの身に宿っています。それは、小説家も同じことです。
様々な作家が描いた、焦がれた、「人魚」なる怪物が住まう海へ、この一冊を頼りに漕ぎ出してみようではありませんか。
『人魚の血』①人魚變生
この短編集唯一の漫画作品です。漫画ゆえの読みやすさ……というのも当然ありますが、その美麗ながらも陰鬱さを孕む絵柄と、謎だらけの序盤。これだけで、人によってはずっぷり飲みこまれてしまうのではないでしょうか。
物語の発端は、船医だった主人公が異国で拾った一人の少女。言葉も話せなかったという彼女になぜか惹かれ、自分の船室に住まわせてしまった主人公。
木札に名前を書いてやれば、彼女の喜びようときたら大げさなくらいでした。木札に刻んだその名前も、元はといえば主人公がつけたのですが。
その国を離れる時も、主人公はこっそりと彼女を船に乗せました。彼女にすっかり魅了された彼の心からしてみれば、当然の行為だったでしょう。
しかし、彼女を同行させたことで、船はとんでもない進路に向かうこととなります。
そこからの「かけがえのない人魚」との別れのシーンは苦痛にみちていますが、エンディングで明かされる驚くべき事実は圧巻です。魔性の女の微笑みに、屈せずにいられる人間が、いったいどれほどいるでしょうか。
『人魚の血』②恋の味
タイトルだけ見たのなら、何ともロマンチックなこの一作ですが最後まで読み進めたら、あなたは絶望するでしょうか…?
店内の水槽で生きた魚を飼っていて、注文すればそれをさばいてくれるという趣向の料理店があります。その水槽には我々がそういうお店で連想する、オーソドックスな魚もいるのですが飛び切り変わった魚も取り扱いしています。
アンソロジーのタイトルからはもうお察しでしょうが、食用の人魚がいます。主人公は同僚に連れられてやってきた店で、この「食用人魚」に出会ってしまいます。
最初こそ「すごいのがいるなぁ」くらいにしか思っていなかった彼ですが、何度か来客するうちに、酔客が「彼女」に暴言を吐くといさめるなど、ただの「食材」にはふさわしくない情動を示しだし、最終的には認めてしまいます。
自分は、あの人魚に恋をしていると。
しかし彼女は「食材」以外の何物でもありません。今でこそインテリアの一部として水槽で飼われていますが、客がまとまった金を提示して「注文」すれば、生け作りになって皿に盛られる運命です。
ラストシーン、「まだ恋の味を知らないんだよ」と囁く主人公の心情は、とうに我々とは遠い「どこか」に行ってしまったのでしょうか。
『人魚の血』③人魚屋
こちらも先の「恋の味」同様、食用人魚の物語です。人魚を食べると不老不死になるという有名な言い伝えにつきましては、あいにくどちらのお店にも通用はしないようです。
こちらは特別料理のために一匹、というわけではありません。大きな水槽に、びっくりするような数の人魚が養殖されています。小指くらいから成人女性くらいまで様々なサイズの、しかし全く同じ容姿をした美しい人魚が、水槽の中を泳ぎまわるさまは圧巻の一言に尽きるでしょう。
彼女たちのエサは死んだ小魚。さながら水族館です。小魚の入った柄杓を突き出せばするすると寄ってきて、餌をばらまけばピラニアのように食らいついてくる、大小さまざまな人魚の群れ。
それは幻想的でしょうか。それとも、おぞましいでしょうか。最後の最後に訪れる、悪夢的などんでん返し。実在する魚の生態も取り入れた、意欲的な作品と言えるでしょう。
最後に
おとぎ話であれ、怪奇小説であれ、にせもののミイラであれ「人魚と聞いて何も浮かんでこない」なんていう方はきっといないはずです。この一冊をお供に海に漕ぎ出せば、素敵な人魚との出会いが待っている…はず?
参考元
- ・人魚の血光文社
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