日本の春に欠かせない花である桜。 美しくもどこか妖しい桜の花をテーマに、書き下ろしと過去の名作を集めたホラー短編集。
・桜の木の下には……
出典: 桜の木の下には、死体が埋まっている。
だから桜は、あんなにも美しく咲くのだ。
きっと誰もが聞いたことのある文でしょう。それをテーマとした怪奇小説も、少なからずあります。昼間ならまだしも、満開の夜桜の”この世のものならぬ”美しさを目の当たりにすると、うっかり納得してしまいそうになる話ではありませんか?
・花々の饗宴
出典: この短編集は、3部構成になっています。順番に読むもよし、好きなところから拾って読むもよし。
それが短編集の気楽なところで、魅力でもあります。
桜競べ 壱
出典: 一番最初に読者を迎えてくれるのが、この章です。
桜をテーマとして、現代作家が書き下ろしたオリジナル作品の章です。時代劇あり、現代ものあり、様々な角度から桜という花の美しさ、妖しさをふんだんに取り入れた作品の数々は、きっとあなたの目を楽しませてくれるでしょう。
花迷宮
出典: ひとしきり桜を堪能したら、違う花にも目を移してはいかがでしょうか。春の花は、桜だけではありませんから。
子供のころ花冠を作って遊んだシロツメクサ、色鮮やかな群れを作る芝桜、名前も知らぬ野の花。そして、いかなる植物学者も知らないであろう異形の花々。
桜に負けず劣らずの妖気を放つ、美しい花園をご堪能ください。
櫻競べ 弐
出典: ひとしきりほかの花々を愛でたあとは、再び桜の物語へ。
この章も桜の物語ではありますが、「壱」とは決定的に違う部分があります。
この章で取り扱われるのは、過去の物語。国語の教科書で名前を見たような文豪・詩人の作品から、桜にまつわる物語を抜き出して作られた章なのです。
あの作家が、こんな作品を書いていたなんて、と、驚かされるかもしれませんよ。
・恐るべき女と、桜吹雪
出典: せっかくですから、収録作品のいくつかを簡単にご紹介いたしましょう。
まずはもっとも有名と思われる作品から。坂口安吾の「桜の森の満開の下」です。今でこそ花見の習慣が根付き春はみな陽気に桜の下で過ごすけれども、大昔は満開の桜など絶景でもなんでもなく、ただ恐ろしいものだった……という書き出しで始まるこの作品は、桜と、山賊と、妖女の物語です。
山賊の男が、その女をさらった時から何かがおかしかったのです。女の夫は身ぐるみ剥いでも、逃がしてやるつもりだったのですが、”女が美しすぎたので”ふと、切り捨ててしまったのです。
腰が抜けたという女を背負って男はねぐらに帰ります。そこには今まで攫ってきた、男の妻たちがいたのですが、今しがた攫ってきた美しい女は、あろうことか彼女たちを殺すよう男に迫りました。そして男も、やすやすと彼女に言いくるめられて妻たちを殺していきます。ひとりだけ、女中にするからと残された元妻と、攫われてきたにもかかわらずいつの間にか男を操っている新しい妻。
男は「妻」の美しさに心奪われながらも、ざわざわとした不安を感じていました。そしてハタと思いつくのです。これは「桜の森の満開の下」を歩いているような心地だと。
・三姉妹の確執
出典: 妹がノートに綴る、喪われた姉たちとの思い出。「シロツメクサ、アカツメクサ」は、愛憎入り乱れる三姉妹の様相を、末の妹の記述という形式で描く異色作です。
シロツメクサの三枚の葉に込められた意味は「愛情」「希望」「信仰」。クリスチャンの母親は、それにちなんで三つ子の娘たちに名前を付けました。「愛」「望」「信」。末っ子の信は自分の男の子のような名前にコンプレックスを抱いており、また自分が姉たちほどかわいらしくも、優秀でもないと深く悩んでいました。
さらに愛と望は教会で洗礼を受け、日曜学校にも通っていましたが、信にそれがなかったことも溝を深くします。一人だけ信が洗礼を受けなかったのは、クリスチャンではない父の意向でした。そして姉たちが日曜学校に行っている間、信仰のない父が信をあちこち、遊びに連れて行ってくれるのでした。
なんてことのない日常の中で、いつのまにか「二人だけの秘密」を持つ姉たち。それを偶然目にしてしまう信。やがて信もおそるべき「秘密」を抱え……。
・百花繚乱の夜
出典: この作品について、序文で作者は「ささやかなアレンジメント」と語っています。しかしその実態は、果ても見えぬほど広大な花園。
夏目漱石を思い起こさせるタイトルの「花十夜」。一夜で平らげるもよし、夜ごとの楽しみに一篇ずつほどくのもよしのこの作品は、タイトル通り様々な花をテーマとした掌編集です。シャクナゲ、ツツジ、ユキヤナギ。ほんとの桜に、芝桜。様々な野の花の名が語られる「野辺の花」には、井上雅彦氏お得意の、あの怪物も姿を現します。
・花と人と、恐怖
出典: ご紹介したものも含めて、収録作は二十作品。
あるものはただひたすらに美しく、夢見心地にさせてくれる物語。あるものは生理的嫌悪を掻き立てる、これでもかと醜悪な物語。
花にもいろいろございます。
これを読んでお花見に行けなくなっても、責任は取りかねますのであしからず。
参考元
- ・異形コレクション貴賓館 櫻憑き光文社
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