国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本は2035年までに高齢者率が34%を越え、3人に1人が65歳以上という前人未到の社会に突入するといわれている。そんな高齢化の先進国ともいえる日本で生まれた異色作『傘寿まり子』の主人公である80歳の老女は、不安を抱える人たちに老いを生きる心構えを教えてくれる。
依存の解消、はじまりは家族とのさようならから
『傘寿まり子』はおざわゆきによる80歳の高齢者を主人公にした異色漫画。
家族と同居していながら孤独死する、車で逆走してしまうなどの高齢者問題にスポットを当てるだけでなく、かつて出来たことができない喪失感や社会から浮いている疎外感、長生きして申し訳ないと思う気持ちなど、
老いに直面したとき人は何を思うか、老人側の心理がまり子を通じて描かれている点が話題となった。
物語は終の棲家と信じていた多世帯住宅で、居場所を失ったまり子が家出をするところからはじまる。
家族から邪魔者扱いされ、もはやよりどころではないのだと思い至ると、居心地の良い場所を探すべく長年暮らした愛着ある住まいを自ら捨てる。
嫌な顔をされるくらいなら出て行ったほうがマシという自暴自棄からの家出ではなく、自立心から次へと向かう。
高齢者福祉の進んだ北欧諸国の人々に比べ、日本人は家庭などの「集団」に依存的な国民性を持つ。
また、労働環境が不安定で、家族で支え合わなければ生計を維持できない生活者は年々増加している。
しかし、単身生活者や核家族が増え、生活の単位が「家」から「個」に変わった現代において、従来の生活様式では、
細分化したライフスタイルや価値観に対応しきれず、多世帯同士が互いにストレスを抱え込み、心の病気や事件という形で爆発してしまうケースも少なくない。
ひとつ屋根の下でギスギスと暮らすより、適当な距離で個別の人生を送るのも選択肢のひとつだろう。
そのためには、誰かに依存せず自身でなんとかしようとする気概が大切だ。
過去にすがらず、今できることを全力で
80歳にして初めてネットカフェに泊まり、仕事である小説を書くために慣れないパソコンを使う。
まり子には知らない世界へ臆せず飛び込めるパワーがある。その源は”諦念”にありそうだ。
“老いを正面から受け止める”とは、元には戻らないものをあきらめ、現状を認めて、納得することと同じである。
まり子は、にぎやかで広々としたかつての住居と、ネットカフェのしんと静まり返った狭い空間を比べ、「さびしいけれど気楽」と長所を見つけられるほど冷静である。
それは、まり子が良かった時代にすがらず、今の自分ができることが何か常に考えている証拠なのではないだろうか。
体より心にきけ
まり子の職業は定年退職のない小説家である。
さらに、家出を経て三途の川まで渡りかけるトラブルに見舞われたものの、猫のクロと、若い頃に憧れていた知り合いとの恋というふたつの生きがいを新たに手に入れた。
誰かに何かをしてあげたい気持ちや、求められる喜びは自信にも繋がる。
彼女にとっては、傘寿は人生のゴールでもスタートでもなく、現在進行形として、ただ人生が継続しているだけのことなのだろう。
まり子は作品の中で「弱者になることは悪じゃない」、「弱者の自分を乗りこなせ」といっている。
身体が衰えているからと尻込みをせず、ガタがきているならきているなりに、心の赴くまま、ふるまってみれば、まり子のような幸せに巡り合えるのかもしれない。
参考元
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