異形の屋敷の地下室に、眠る異形の人体模型。彼女の名は「ガラテア」。彼女は出会った少年に、自らに秘められた「物語」を語り始める。
ガラテアの囁き
首屋敷。
そう呼ばれる「お化け屋敷」がありました。
おかしくなった学者が建てた家だそうで、周りは堀に囲まれ、トイレも風呂もなく、入口は三階にしかないという狂った建物です。
子供たちはたまに行う肝試しの時以外、まず絶対に近寄らない気味の悪い「首屋敷」ですが、たったひとり、ここを自分の城としている少年がいました。
取り壊される予定となった首屋敷に、最後の思い出として立ち寄ることを決めた少年。
彼はいつもよりくまなく屋敷内を探検した結果、今まで気づかなかった地下室を発見します。
そこで出会った異形の人体模型。
メモに記された「彼女」の名はガラテア。
少年はそっと彼女の胸に耳を押し当て、語られる「物語」を聴くのでした。
という体で綴られた12の短編は、すべて体の部位をテーマにしています。
そのうちのいくつかをここで紹介いたしましょう。
セルフィネの血
天使のような恋人と、地上の楽園そのものの島へ移住してきた男の物語。
島の人たちはみなおおらかで気が優しく、労働らしい労働もありません。せいぜいが、若い男が真珠を採りに潜るくらい。それもごくごく短時間ときています。
ある日の夕方、泳ぎに行きたいと言い出した恋人を見送って1人残った男は、村長の訪問を受けます。
お酒も入って話し込むうちに「ここは本当に楽園のようだ」と男が言うと村長は笑って否定します。
そうして、その理由を説明しだす村長。
その話を聞いた男は、血の気が引く思いをするのでした。
耳飢え
放送作家の主人公は、引っ越し回数なんと18回。
転勤族でもないくせに、この尋常ならざる数字にはちゃんと理由があります。
それは彼の趣味のため。
その趣味とは――盗聴です。
彼は隣人の生活を覗き「聴く」ことが人生最大の楽しみなのでした。
あいさつ回りをした結果、今回の隣人、もとい獲物は30歳くらいの美女。
夜も更けると、彼女の部屋に面した壁にウイスキーグラスを押し当てて、聴く準備に抜かりはありません。本来の用途に使うウイスキーグラスと、おつまみも忘れずに。
こうして彼の秘密の楽しみは、幕を開けます。
わくわくしながら聞いていると、どうも彼女は一人でしゃべっているようです。みなさんのなかに、「電話では?」と思う方もいるかもしれません。
しかし、彼女の口ぶりからは、彼女が「誰か」にアルバムを見せ、その「誰か」と思い出話をしているようであるのです。
それに応えているであろう「誰か」の声は全く聞こえません。しかし彼女は満足げ。「じゃあこれ、覚えてる?」と次の写真を「誰か」に見せます。そして「誰か」の沈黙。「いやだなぁ、忘れちゃったの?」彼女の明るい声が続きます。
いかに盗聴のプロ(?)と言えど、状況が全く把握できません。
しかし、このまま放っておいてもムズムズするよね……ということで、彼は彼女の身辺をこっそり探り始めます。
いったんはそれらしい結末が見えて安心しかけるも、このお話の素敵なところは2段構えの恐怖体験。
気を抜けたところを驚かされるほど、嫌なものってありませんよね。
膝
人面瘡評論家。
ずいぶん変わった肩書ですが、この名刺、主人公にとっては「私は仕事をしたくないぞ!」という意思表示カードなんだそうです。
それでもなぜか来てしまう仕事。たいていは、雑誌、テレビの取材、コメンテーター。オカルト大流行のころには引っ張りだこだったことでしょう。
それ以外には、主人公を取材で取り上げていた雑誌やテレビで見た、などというお客さん。
彼らは皆、身体に人面瘡ができたと訴え、どうすれば治るのかと治療法を求めています。
ですがそんな人たちの身体にあるのは、たいていアザやほくろ、古傷などが組み合わさって「人の顔に見えなくもない」程度の勘違い人面瘡なのです。
そういう方には人面瘡のグロテスクな図版等を見せて「ねっ、あなたのはこんなんじゃないでしょっ」と、勘違いだとわかっていただく。
そんなのんきな生活をしてきた彼のところに、本当の「人面瘡患者」がやってきてしまいました。
勘違い人面瘡同様の対応をしようとする彼ですが、客人はズボンをするするとまくり上げ。膝をむき出しにします。膝にまかれた包帯をほどけば、そこには……まぎれもない「顔」があったのです。
いびつではあるものの、眼も鼻も口も揃っていて、眠っている人間そのものの顔をしている「膝」。
「最近噛むから気を付けて」という客に「そんなわけないでしょ」という気分でわざと雑に膝を触る男。そのうち膝が「目」を覚まし「口」を開けて鋭い「歯」で指に噛みついてきたのです。
評論家は何とか引きはがすことができたのですが、人面瘡の持ち主はうまくいかず……ちょっと乱暴に過ぎる奇想と、そのあとの静かな恐怖の2段構え。
ラストまでの激流のような勢いは、必見です。
物語の先へ
ガラテアの胸から聞こえてくる物語が絶えても、少年は彼女に続きを促します。
ここで少年はあることに気が付くのでした。
「彼女には足りないパーツがあるから話ができない。自分のパーツを彼女にあげたら、またお話を聞けるんじゃないだろうか」
人体模型に身を預け、「約束」をする少年。彼とガラテアが囁く異形の物語を、我々も聴いてみたいものですね。
参考元
- ・人体模型の夜集英社
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