一時期流行した「本当は怖いグリム童話」に代表される「本当は怖い〇〇」。日本昔話や童謡にまで及んだそれを凌駕する「本当”より”怖い童話」。
アレンジゆえの遠慮なさ
出典:一昔前に、グリム童話や日本昔話が「本当は怖い」と話題になったのは、覚えている方も多いでしょう。
あのときは雨後の筍のように関連書籍が発売されましたね。
本書もそんな作品群の一つ……かと思いきや、全く違うものなのです。
童話を下敷きにしながら、著者オリジナルのアレンジを加え、より残酷に、ときにはエロティックに。
下敷きにする童話も古今東西こだわらず、中には2つ以上の童話や伝承を織り交ぜたものもあります。
まずは怖いもの見たさで充分。
いくつか読めばきっとあなたも、この世界のとりこになっているはずです。
そんな素敵な物語たちを、いくつか紹介いたしましょう。
人魚姫
トップバッターは、誰しも知っているこの作品。
しかし、人魚姫がいかに美しいかをほめたたえる描写で、なんだかおかしいぞと気付くはず。
この人魚姫は上半身が魚で、下半身が人間なのです。
彼女たちの間には、「人間に姿を見られると災厄を呼び寄せてしまう」という伝説がありました。
姫は、豪奢な船をのぞき込んでいるときに王子様に姿を見られ、伝説の通り本当に嵐が起こって、船は沈んでしまいます。
原典で偶然であったはずの嵐が人魚姫の責任とは、何とも残酷なリライトではありませんか。
そこからは原典同様、王子様を助け、海の魔女に人間の姿をもらい、王子様と再会することができます。
この王子様は人魚姫を、ちゃんと「恩人」と理解していて、漁師の娘だと紹介してそばにおいてくれます。
慣れない人間の生活ながら、王子様と一緒にいられて、幸せをかみしめる人魚姫。
しかし、一国の王子様が、身分のはっきりしない女性と結婚できるはずもありません。
やがて、人間のお姫様との縁談が持ち上がり、相手を気に入った王子様はさっさと結婚してしまいます。
裏切られた人魚姫ですが、海の魔女に願いを伝えるのは姉妹たちではありません。
自ら海に帰った人魚姫本人です。
彼女の無邪気で一途で、壮絶な願いには、きっと唖然とするはず。
血で染めたドレス
出典:題名からして残酷そうな印象を受けますが、中身のほうがずうっとむごいお話です。
あるところに貧しい青年がおり、師事している先生の娘にのぼせあがっておりました。
この娘というのが女神のように美しいのですが、下手な女神よりわがままで高慢なありさまです。
青年が、彼女の歓心を買おうと「誕生日にプレゼントをさせてほしい」と申し出たところ、彼女の願いは真っ赤なドレス。
それも、人の生き血で染めたような色じゃないと嫌だというのです。
そんな色のドレスの当てもなく、そもそもドレスを買うようなお金もない。
さらに彼女の誕生日が3日後に迫っているということで、青年は絶望のどん底に突き落とされてしまいます。
青年は近所に住んでいる、言葉を話せない少女に事のあらましを語り、じっと聞いてくれた彼女に対して「きみに相談しても仕方ないね」と言い放ちます。
少女は言葉を話せないというだけで、悩み考える心はしっかりと持ち合わせていました。
そして、青年に恋をしていたのです。
そんな彼女が、青年の恋の話を聞くことは実につらいことでした。
しかし、曇った彼女の表情を、青年は「自分に同情してくれているんだ」と自分勝手に解釈し、語られぬ彼女の想いには気が付きもしません。
青年と別れた少女が神殿に赴き一心にお祈りをすると、そこに本物の女神さまが現れます。
そして少女は願いました。
自分の血でドレスを染めて、彼に贈りたいと。
養老の滝
出典:こちらは、日本の昔話がモチーフになっています。
美濃国に住む木こりは、とても親孝行だったのですが貧乏で、三度の食事もままならないありさまでした。
一緒に暮らしている老齢の父親には、不自由をさせまいと自分の食事を父に譲るほどの孝行ぶりでしたが、この父親が大の酒好き。
食事には事欠いても、お酒がなければ耐えられないという有様です。
息子の収入ではお米を買えばお酒が足りず、お酒を買えばお米が足りない。
それを知ってか知らずが、お酒がなかったり、あっても量が足りなかったりすると、父親は息子に当たり散らします。
理不尽な父親にも愛想をつかさず、孝行を続けていた息子ですが、ある日不思議な滝を見つけます。
一見きれいな水が湧いているように見える滝でしたが、近づくと芳醇なお酒の香りがします。
味見をしてみると、これが本当にお酒。
しかも今まで飲んだことのないようなおいしいお酒です。
お酒のことで頭を痛めていた息子は大喜び。
持っていたひょうたんに組めるだけお酒を組んで、一目散に家へ帰ります。
家では相変わらず機嫌を悪くしている父親が待っていましたが、一口そのお酒を飲ませると態度は一変、「こんなにうまい酒は初めてだ」とのこと。
ここで終わればハッピーエンドなのですが、もちろんそんなはずもなく……。
天国へ行った男の子
出典:男の子の無邪気な親切が、とんでもない結果を生む物語です。
ひょんなことから、大きな教会で働くことになった男の子。
その教会には聖母様の木像があり、やはり木彫りの幼いイエス様を抱いています。
なにせ木像なので、ずうっとその姿勢なわけですが、男の子はそれを見ていて「重そうだから代わってあげたいな」という親切心を起こします。
すると突然木像の腕からイエス様が消え、次の瞬間には男の子がそれを抱いていました。
木彫りの像のはずなのになんだか柔らかくて暖かく、気味が悪くなった男の子は、それを物置に隠してしまいます。
突然イエス様が消えてしまったものですから、当然教会は大騒ぎです。
神父様が「イエス様はいったん、神の御許に帰られたのだ」と苦しい言い訳でその場を収めますが、当然、これだけでは終わりません。
次に男の子は木像がひどく痩せていることに気付きます。
おなかが空いているに違いないと思った男の子が、自分の食事を半分とりわけ、お供えをしてみたところ……?
異説かちかち山
出典:かちかち山は原典からして、冷静に考えるとなかなか残酷なストーリーですよね。
狸の背中に火をつけて、火傷にからし味噌を塗り、最後は泥船に乗せて川に沈めてしまう……。
最近は子供向けに、昔話がマイルドに改変されがちと聞きます。
賛否両論ありますが、かちかち山のここまで徹底的な復讐、はあまり子供には見せたくないものかもしれません。
最初に記載しました「本当は怖い〇〇」の類では、「おじいさんが狸汁だと思って食べたのはおばあさんだった」というお話がしばしば書かれました。
狸汁を作ってくれたのが、本当はおばあさんに化けた狸である、という理屈です。
結局、本当はどっちだったのでしょうか。
その謎に、著者の答えを書いたのがこの作品です。
「この手があったか!」と膝を打つこと請け合いですよ。
最後まで目を離さないで
出典:このように、これでもかとおぞましく改変された童話がどっさり入ったこの一冊。
内容ももちろん面白いのですが、ぜひ注目してほしいのは、物語の最後に、ぽつんと一行書かれた教訓。
考えさせられるもの、ちょっと切なくなるもの、なるほど納得のもの……中にはクスリと笑えるものもあります。
好きなお話があったけれど、元の童話がわからないという方は「あとがき」をご確認あれ。
もとになった童話、昔話、神話や伝説などがそれぞれに記載されています。
本書で読んだ物語が、もとは救いがあるのか、それともないのか……確かめてみるのも面白そうですね。
参考元
- ・大人のための残酷童話新潮社
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