食。 生活する限り切っても切れないこの”食”ですが、それは食材により、文化により、まったく異なるものです。 テーブルマナーくらいで騒いでいる場合じゃありません。食の脅威は、もっと静かに、私たちに忍び寄ってきているのですから。
食べ物特化のホラー作品
タイトルからもお分かりいただけるように、この短編集はすべて「食べ物」を主軸に物語が展開していきます。
ホラーと、食べ物。
案外、異色な組み合わせなのではないでしょうか。
ホラーに食卓が出てくる場合、食事そのものが常軌を逸したメニューだったり、演出の一部として、陰惨な雰囲気での会食だったりします。
ですがこの短編集に登場する食事は、決して特別なものではありません。にもかかわらず、周囲の人々の情念が、それをおぞましいものにせずには、いられないのです。
人生から切っても切れない「食」の恐怖。
本編から、いくつかご紹介したいと思います。
珍味
絶対あり得ないとは言えない、ぞうっと背筋に来る作品です。
かつてその名も「美食倶楽部」に所属して、メンバーとともに様々な珍味を愉しんだ女性。しかし彼女は今田舎も田舎、携帯電話も圏外になるような小さな村に住んでいます。
今でも「美食倶楽部」のメンバーである友人に近況を伝えるのは、手紙。自分でも鶏や山羊を飼い、野菜や果物を育てていることを楽し気に伝えてきます。
あまりの変わりように驚いた友人は、遠路はるばる、彼女が住んでいる通称「長寿村」へ向かいます。
久しぶりに会った彼女や、村の人たちと交流をする友人でしたが、「踏み込んではいけない場所」に偶然入り込んでしまい……。
給食
ヘルパーの主人公が担当した老婆は、食事を非常に嫌がりました。
栄養が取れるか否かという点、その方に食べられるかという点を重視するとなると、介護食というのは味気なく食べづらいものになってしまうそうです。
食べづらい、というのには少々語弊がありましょう。
消化もいいし、喉の通りもいいでしょう。
ただ一つ――おいしくないのだそうで。
もちろん調理の技術そのものは日々進歩していますから、今は違うのかもしれません。しかしここで描写される介護職はどれも薄味、野菜はことごとく、くたくたになるまで煮込んであって、食感も何もあったものではありません。
主人公も研修中に食べたのですが、「お金をもらってでも完食したくないまずさだった」とこぼしています。
それをわかっていてもなお、老婆に主人公が敵意を燃やす理由。
それは、彼女が幼い時まで遡ります。
手作り
主人公の女性には悩みがありました。
それはほかならぬ恋人のこと。
バレンタインデーに贈った手作りのチョコレート。どうも彼は、それを食べてくれなかったようなのです。
一緒にお店に入った時はチョコレートケーキを食べていた彼なので、甘いものが嫌いというわけではないはずなのですが……。
場面は変わって、自宅でおいしそうにご飯を食べている恋人。おかずは妹さんの手作りです。夜食のおにぎりも妹さんに作ってもらう彼。二人の会話から、なにか彼女に言いづらいことがあるようなことが見受けられます。
公園にデートに行った折、彼女は彼にお弁当として手作りのおにぎりを渡します。彼がコンビニでよく買う、お気に入りの具を選んで入れたおにぎり。
喜んでしかるべきシチュエーションでしょうが、彼は顔をひきつらせ、思ってもみなかった「秘密」を彼女に打ち明けます。
楽屋裏…?
最後に収録されております「怖い食卓」は、何とも言えぬ読後感を与えてくれます。それどころか、これも小説なのかさえ、よくわからない不思議な感じ。
「食に関する怖い話、変な話を聞かせてほしい」と言われて集まった女性たちから繰り出される嫌な思い出の数々。
注意書きの張り紙が多すぎるレストラン。
ラーメンが美味しいのに変な意地を張る焼き鳥屋さん。
短い文章でいくつも語られる嫌なお店。それらは実にドメスティックで、「ありそう」な感じをたっぷりと身にまとっています。
ひょっとしたら、あなたも行ったことのある飲食店かもしれませんよ。
参考元
- ・意地悪な食卓角川書店
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