道に迷ってたどり着いた寂しい町で、怪しい看板に導かれる序章から始まる9編の物語。ド派手なスプラッタあり、静かなスリラーあり。きっと通なあなたも満足できる一冊。
・間違えてたどり着いた町で
古い地図を使ってしまったこと、バス停の時刻表が読みにくかったこと。不運が重なって、彼は行先を間違えてしまいました。
すでにこの町の最終バスは出てしまったようですし、隣の町まで行くにしても、徒歩ではとても頑張れそうにない距離です。
この町で泊まることを決意した彼は、飲食店でもないかと人気のない町をぶらつきます。そこで見つけたのが「臓物大展覧会」の看板でした。
悪趣味な衛生博覧会のような見世物か、あるいはちゃちな秘宝館の類か。暇つぶしには悪くないかもしれないと、興味をそそられた彼は、その「展覧会」を見に行くことにしました。
本書はそこで語られる物語という体で、9編の作品が収録されたホラー短編集です。目を背けたくなるほどグロテスクなもの。静かな恐怖を湛えるもの。そして、中にはちょっと笑えるものも。
・透明女
出典:一番最初の作品が、この「透明女」です。本書で最もページ数の多い作品であり、読みごたえ十分。
しかしながら、本書でトップクラスのグロテスクな描写もあるため、そういったものが苦手な方は、ここでもうギブ・アップしてしまうかもしれません。
常に誰かしらの一人称で語られる地の文はどこかユーモラスなので、意気込んで読み始めた方は最初拍子抜けしてしまうかも。
冒頭では緊張感のない主婦の会話が続いたり、猟奇殺人の聞き込みをする刑事のコンビが見事にボケとツッコミだったり、笑える部分もありますが、やはりホラー作品。
メインとなるゴア描写は凄惨を極めます。一度では終わらない、流血と内臓の大盤振る舞いは、海外のB級ホラーに通じるところもあるでしょう。
狂った殺人鬼が異常な殺人事件を起こしていくだけの小説かと思いきや、最後にあるどんでん返しは見事の一言。サスペンスでもミステリーでもなく、ホラーであるが故に可能なラストシーンです。
・攫われて
出典:「透明女」は言ってしまえばかなりぶっ飛んだストーリーですが、こちらは「こんな事件が本当にあってもおかしくないのでは?」と思わせてくれる筋書きになっています。
登場するのは同居する二人の男女。初めはもっと整然とした部屋に住んでいたような気がするのですが、今や部屋は荒れ放題です。恵美なる女性のほうにその責任があるような様子ですが、怒ると手のつけられない彼女に、男性は物申すこともためらってしまいます。
あるとき恵美は「自分は誘拐されたことがある」と話し出します。一緒に誘拐された友達の名前も出しますが、残念ながら男はその事件を覚えていません。
恵美は「仕方ない」と話を終わらせようとしますが、男は詳細を聞きたいと食い下がりました。恵美のやけっぱちな性格は、その事件のせいではないかと思ったからです。
ためらう恵美に「何を聞いても驚かないから」と語りかけ、彼女の口から事件の詳細を語らせることに成功します。
当時小学生だった、恵美を含めて3人の女の子たちが公園で遊んでいると、「公民館への道を教えてほしい」と見知らぬ男が声をかけてきました。男はテンプレートの「誘拐犯」そのもの。「知らない人についていったらいけない」と正論を持ち出す子もいましたが、男は詭弁で丸め込み、3人を自動車に乗せることに成功します。
それまで優しげだった男ですが、助手席に座った女の子が「公民館はこっちじゃない」と言い出すと態度は急変。彼女を思い切り殴りつけ、怯えて泣く後部座席の女の子たちは怒鳴りつけ、車を山のほうへと走らせていきました。
実はこの男、目的は恵美たちのだれでもありませんでした。身代金目的で、別の女の子を誘拐しようとしたのですが、間違って連れてきてしまったのです。
しかし、それがわかっても後戻りすることなどできません。なにより助手席に座っていた子は殴られすぎて、すでに死んでいました。
男は恵美たちの家族から身代金を取り、いっそ2人も殺してしまおうとしますが、恵美ともうひとりの友達は必死で知恵を絞って脱出を試みます。
果たして彼女たちは逃げおおせることができるのでしょうか。そして、現在の恵美がやけっぱちになっている本当の理由とは……。
・SRP
出典:暗澹たる雰囲気の作品が多い本書の、清涼剤ともいえるコミカルな作品がこちら。起きていることは大事件なのですが、特撮ヒーローの活躍を見るような気分で読み進めることができますよ。
怪事件の調査・解決を目的とする科学捜査研究隊、略してSRP。しかしその構成員は、妄想癖のある元警察官と、身辺で怪奇現象が続くために研究室を追われた物理学者の二人だけ。知恵と勇気と素敵(?)な制服はあるものの、人と物と予算は無くて、まともな仕事も回ってこない、言ってしまえば閑職です。
そんな部署に、まさかの大仕事が持ち込まれました。地下道が突如として崩れ、そこから現れた巨大な骸骨が人間に危害を加えたというのです。そしてその骸骨は、カメラに一切映らなかったとも。
その仕事をきっかけに、変な隊長のフォローに回るだけが仕事だった唯一の隊員こと、イノウくんにスポットが当たります。彼の家系に伝えられたあるアイテムによって、その怪奇現象を解決し、一躍ヒーローに。
その後も次々と現れる怪異をそのアイテムで打破してゆくイノウくんですが、その怪異の意外な正体とは?
・造られしもの
出典:これは、はるか未来……と思しき物語。ロボットの実用化などとうの昔の出来事で、今、世界にはロボットがあふれています。
子供たちは乳母ロボットによって、厳しい栄養管理のもとで完璧に育てられ、教師ロボットは無駄のないカリキュラムで生徒を指導します。
とはいっても、何かわからないことがあれば、図書室で調べなくても、パソコンで検索しなくても、ロボットに聞けば教えてくれます。なので授業といっても、生徒の自主性に任せたものがほとんど。
成人してからも、ロボットは常に人間にかしづいて、身の回りの面倒ごとをすべて引き受けてくれます。
人によっては、これをユートピアと感じるかもしれません。
しかし、これをディストピアと感じてしまった男がひとり。
ロボットたちの奉仕により未来を約束された人間たちは、まだ子供のうちに勉強をやめてしまいます。けれどロボットに頼りきることを良しとせず、思春期になっても勉強をつづけたその男は周囲から変な目で見られ始めました。
彼は自分の勉強をサポートしようとするロボットも拒絶し、次第にロボットそのものを否定するようになっていきます。
そんなある日、彼はとある女性と出会いました。
道行く人々の中で、なぜかその女性だけに違和感を感じたのです。その理由はすぐにわかりました。誰もが自分のために連れ歩いているロボットが彼女の傍らにはおらず、彼女は一人で歩いていたのです。
ひょっとしたら、彼女も自分と同じ考えの持ち主なのかもしれない。彼はそう思って、思いきって女性に声をかけることにしました。
・展覧会の先へ
出典:いかがでしたでしょうか。少しでも興味を持っていただけましたら幸いです。先に9編と書きました通り、紹介しきれない物語もありました。しかしそれらも素敵な物語であることに変わりはありません。
多彩な切り口であるがゆえに、好みは分かれるかもしれませんが。
プロローグで展覧会に迷い込んだ彼の行く先も、しっかりとエピローグで補完されています。本編を楽しめた方は、きっとそちらの結末にも、ご納得いただけることでしょう。
参考元
- ・臓物大展覧会角川書店
当社は、本記事に起因して利用者に生じたあらゆる行動・損害について一切の責任を負うものではありません。 本記事を用いて行う行動に関する判断・決定は、利用者本人の責任において行っていただきますようお願いいたします。
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