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出典:amazon

2019/04/25
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「カンフー映画を語るための序章:カンフー映画とは何か?」

俗に「カンフー映画」と呼ばれるジャンルがある。 一体、「カンフー」とは何のことなのか、よく知らない人も多いはず。 そんな「カンフー」や「カンフー映画」に詳しくない人のために、簡単に解説しよう。 まず「カンフー」とはつまり「中国拳法」のことで、漢字では「功夫」と書く。これは元々「練習する」「鍛錬する」と言う意味である。

「カンフー」の語源

この語源には定説がある。

あるアメリカ人が華僑のやっている中国拳法を見て何をしているのか聞いたところ、彼は「カンフー」と答えた。「練習している」と答えたつもりなのだが、そのアメリカ人は「カンフー」を中国拳法のことだと思い、それが定着した。

そしてそれが世界的に使われるようになったということである。

つまり「カンフー映画」とは、中国拳法を使ったアクション映画のことなのだ。

「カンフー映画」の草創期のスターたちの特徴

これは日本で言う「チャンバラ映画」やアメリカの「西部劇」等に相当する。要するに見どころは戦いの場面である。まさにアクションシーンこそがカンフーの魂と言ってもいい。

カンフー映画で言う「アクション」は主に、「ファイト」「アクロバット」「スタント」の三つに大分できる。

まずカンフー映画では、突きや蹴りを使って戦うシーンが主体となる。これが「ファイト」である。

さらにカンフー映画ではチャンバラや西部劇とは違い、客の目を楽しませるために倒立や空中回転などの曲芸要素を盛り込むことがある。これが「アクロバット」である。

それに加えて、高い所から飛び降りたりガラスを突き破ったりなどの危険なシーンを演出することもある。これが「スタント」である。

歴史的に言えば、最初期のカンフー映画は主役の俳優でもカンフーができない人が起用されることが多かった。要するに、ファイトやアクロバットのシーンでは吹き替えを多用し、決めポーズで顔がアップになるシーンだけを本人が演出していればよかったのである。動けなくても、静止画ポーズさえとれれば人気が出た。
それでも、顔がハンサムならばアクションスターと呼ばれ人気を博することができた時代だった。

ブルース・リーによる一大革命

そんなお粗末な主演俳優たちがひしめくなか「ブルース・リー(李小龍)」は、本物さながらのリアルなファイトシーンで一躍人気スターとなった。

しかも彼のファイトシーンは、それまでの京劇など舞台劇の演出を映画用にアレンジしたスタイルではなく実際のファイトを模倣した独自のスタイルで貫かれていた。

京劇に代表される中国舞台劇における戦いの場面は、まったく戦っているようには見えない。むしろ二人で示し合わせて協力していることが、観客にも丸わかりだ。
お互いの間合いを無視し、緊迫感なく相手の制空圏に踏み込んでピラピラと華美な攻防をくりかえす。

しかし実用主義で私生活でも様々な格闘技を研究していた彼は、そうしたやり方を嫌った。そんな彼は両方が示し合わせなしのアドリブで動いているような、リアルな格闘シーンを迫力たっぷりに演出した。

またそれまでの映画のファイトシーンは殺陣師が考えた振り付けを役者が演じていたのに対し、ブルース・リーはあくまで自分のスタイルやリズムで動く自分独自の殺陣を作り自らそれを演じた。

あるファンは、彼のファイトシーンをこのように評価する。
「私が一番衝撃を受けたのは、『死亡的遊戯』の巨人との対戦。最初は長い手足に阻まれて、中に入ることができない。それでも何とか潜り抜けて拳脚を繰り出しても、決定打にならない。最後は足をかけて転ばし、締めで勝負がつく。青息吐息で、決してカッコよく勝つわけではない。でもその戦闘場面の臨場感と緊迫感は、決して他の人には真似のできないものだった。」

このように、それまでのカンフー映画にはない新鮮味のある動きと強烈な個性で、彼はあっと言う間にスーパースターの地位に駆け上がった。

「ブルース・リー」の影を追って失敗した人たち

しかしそれからブルース・リーは、わずか4本の映画を撮った後急死してしまう。

スーパースターだったブルース・リーが急死すると、カンフー映画と言うジャンルは急速に失速し低迷時代がやってきた。
カンフー映画そのものの人気が失墜したのは、「観客はブルース・リーを求めたが誰も彼の代わりができなかった」の一言に尽きる。

そもそも、ブルースは時代劇は撮らず現代劇で彼独自のファイトスタイルを織り込んだ作品ばかりを発表していた。一度時代劇の企画はあったのだが衣装テストでボツになり実現しなかった。そもそも、彼に時代劇は似合わない。動きのリズムや雰囲気が昔の人に見えないからだ。

ブルース・リーの後を追った者たちは、カンフー着をきた時代劇で昔ながらの舞台劇のリズムで殺陣を行ない、表情やしぐさだけブルース・リーを真似ると言う滑稽なスタイルで共通していた。
しかもそのストーリーの多くは「親が殺されて子供が仇を打つ」と言う陳腐極まりないものだった。

結局、「ストーリーが陳腐、殺陣や演出に工夫がない、ファイトがグズグズ」と言う駄作の山を連発し、カンフー映画は一気に進化の袋小路に嵌ってしまった。

ブルース・リーと真逆の路線で大成功したジャッキー・チェン

こうした十把ひとからげの粗悪な作品群の中から、輝くばかりの個性を以って群の中から抜き出たスターがいる。

ごぞんじ、ジャッキー・チェンである。
出世作「酔拳」が当たりに当たって、一躍次世界カンフースターの中でスーパースターの地位を不動のものとした。
それまでブルース・リーのイメージが強かった「カンフー」をまったくちがった味わいで演出したことで、逆に日本のファンには新鮮に映った。
ジャッキーがブルースと全く違う点は、次のいくつかである。

・地形や道具を利用する。
・1対多、素手対武器などの不利な状況でも戦う。
・種類の違う様々な拳法の門派が登場する。
・戯劇を基調とした伝統様式で攻防する。

ジャッキーはのちに、時代劇の「カンフー映画」ではなく現代の「アクション映画」へと移行していくが、初期からカンフー映画の集大成「ヤング・マスター」まではこの特徴が顕著だった。

逆にブルース・リーは場を整理したり準備運動をしてから同等条件で戦いを始めるなど、「タイマン志向」が基本となっている(映画によっては多人数相手限定でヌンチャクを使ったことはあるが、素手の相手を武器で襲うことはしない)。これは西部劇などに見られるように、いわば欧米的騎士道精神が基盤となっている。

反してジャッキーの戦いは、食堂などでその場にあるものをふんだんに利用して非同等な条件で戦う。
欧米的志向の強い日本人から見ると、ブルースが正当派でジャッキーが奇襲派と映るのだが中国から見るとジャッキーが普通でブルースのほうが変わったスタイルに見える。

ジャッキーの強みは、中国人が身近に感じられる伝統路線を踏襲しながらその魅力を掘り下げた点にあった。
特訓シーン、門派同士の争い、スタイルの異なる拳法同士の対決、劇のように段取りを重視した殺陣....などである。
しかもジャッキーは、「ファイト」「アクロバット」「スタント」すべての要素を自分一人でできると言う画期的なスターだった。
それまでは、かのブルース・リーでさえもアクロバットはできず吹き替えを使っていた。

ジャッキーと同じく、ハン・キンポー(洪金宝)やユン・ピョウ(元彪)などもすべての要素をこなせる希少なアクションスターとして同時期に活躍した。

ジャッキー・チェンの路線変更と現在のカンフー映画

しかしながらこうした中国独自の風味を持った映画路線は欧米進出は難しく、時代劇カンフー全盛の頃のジャッキーはアメリカ進出に数度失敗している。

そこで彼は伝統的カンフー映画を「ヤング・マスター」でやめ、現代アクションを撮るようになってからようやくハリウッドで認められた。

しかし大スターのジャッキーが路線変更以来、アクションスターは数多く世に出てきても日本の時代劇に相当するような純粋な「カンフー映画」はあまり撮られていない。
現代劇ではない純粋なカンフー映画を待ち望んでいるファンも決して少数ではないはず。

参考元

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