現代アートと小説の、鬼才同士が作品を出し合って作られた短編集。 オブジェから着想された幻想的な寓話の数々に、あなたも魅了されること請け合い。
鬼才同士のコラボレーション!
出典:現代アートの鬼才、藤本由紀夫氏。
小説界の異端児、嶽本野ばら氏。
以前から親交があったというこのお二人が、コラボレーションしてできたのが「祝福されない王国」です。アート作品については小さくではありますが写真が収録され、各話の扉絵の役目を果たしています。
アートと小説。違うものをいっぺんに味わえる、とびきりお買い得な一冊だとは思いませんか?
かみ合わない、共同作業
出典:この一冊については、まず藤本氏が作品の写真と解説を送り、それを受けて嶽本氏が小説を書いたとのことです。
ですが、あとがきで明かされる「ちょっとどうなの?」なエピソード。
藤本氏の作品にはちゃんと解説がついていたのですが、嶽本氏はそれすら目を通さず、ただ作品の印象のみから物語を綴った――とのことです。
ゆえに巻末収録の「オブジェ作者の言葉」とはかみ合わない部分も多数ありますが、「嶽本氏は、見て、こう受け取ったんだな」と思っていただいて、藤本氏の解説と嶽本氏の作品のギャップを目の当たりにするのも、楽しみの一つかと思われますが……いかがでしょうか?
因果応報なんて、ない。
出典:この作品群は皆、不条理に支配された物語です。
中には「読後感、最悪!」と思うものもあるかもしれません。それどころか、「何を表現したかったのかわからない」なんてものまで混じっている可能性もあります。
そのなかからアトランダムに、作品を紹介していこうと思います。気になった作品があったら、ぜひ本を探して、実際に読んでみてください。
説明だけで「気に入った!」と思えたあなたはきっと好事家でしょうから。
例えば、筒と若者の物語。
出典:平凡な鍛冶屋の家に生まれたボルグは、本人も平凡極まる人間で、代々続く実家の鍛冶屋を継ぐのだと疑いもしない純朴な青年でした。
しかし、納屋で「筒」に出会ってしまったことで、彼の人生は一変します。
彼はその筒を耳に当てることで、動植物や太陽、地面などあらゆるものの「声」を聴けるようになります。それを聴くことに夢中になって、今までまじめに取り組んでいた仕事をほっぽりだし、家では問題児として扱われるようになってしまいました。
しかしあるとき、「太陽の声」から大雨を、「馬車の声」から馬の病気を言い当てて、彼の言葉は本当だと評判に。そうして、ボルグは本人の意思に反して祭り上げられていきます。神殿のような屋敷に身を置くボルグのもとに、彼の噂を聞いて様々な人々がやってきます。
ボルグが音を聞くことでアドバイスをできるような悩みなら、彼は出し惜しみすることなくそれを伝えます。
しかし死人を蘇らせたり、目の見えない人が視力を取り戻したりといった事象では対応のしようがありません。
それでもボルグは依頼人がここまで来てくれたことに感謝し、真摯に祈りました。
その親切な対応に、ますますボルグの信奉者は増え続ける一方です。
それからしばらく月日が流れたころです。
遠い国でも評判のボルグを一目見ようとやってきた異国の男がいました。
ボルグを越えると豪語するこの男。「ボルグ様を愚弄するなら石で叩き殺す」と殺気立つ民衆。
男はボルグが使うものによく似た筒を取り出して……。
素晴らしく後味の悪いラストシーンには一見の価値あり。
結局、悪いのは誰だったのでしょう? 考えるだけ、無駄なのでしょうか?
例えば、少女と漁師の物語。
出典:ある日漁師のキャロルが船に出向くと、船の上には見知らぬ少女がうずくまっています。警戒しながらも、声をかけるキャロル。
この世のものとは思えないほど美しいその少女は、「アリス」と名乗ります。そして彼女の言うことには、アリスは100年後の未来から来たとのこと。その目的は、運命の人を探すこと。
すっかりアリスにのぼせ上がってしまったうえ、自分がアリスの運命の人だと知らされて、今すぐ教会で結婚式をあげようと提案するキャロルでしたが、アリスは悲し気に首を振ります。
というのも、未来の技術で運命の人に会えたけれども、自分がこの時代に居られる時間はたったの70時間。それをキャロルに説明し、「一目見て、お話だけでもできてうれしい」というアリスでしたが、それではキャロルが納得しません。
アリスが科学の力でやってきたこと、そして科学とは進化した錬金術のようなものであることを聞いたキャロル。彼は科学の前身である錬金術なら何とかできるのではないかと、寝る間も惜しんでアリスと一緒に、国中の錬金術師を訪ね歩きます。
どこへ行っても建設的なアドバイスはもらえませんでしたが、最後の最後に訪れた最も評判の悪い錬金術師の口から、考えることもおぞましい「次善の策」が語られます。
例えば、牧師と悪漢の物語。
出典:牧師は心から神を信じ、周りの人たちの幸福を祈り、清廉潔白に暮らしてきました。しかしあるとき船の事故に巻き込まれ、とある船員の「自分の浮き袋になってくれ」という滅茶苦茶すぎる要求にこたえることになります。
この時点で牧師は自らの死を覚悟したのですが、なんと彼は生き残ってしまいます。
その船員と結わえ付けていた片腕は失われてしまったものの、死体ばかりが流れ着く浜辺では、彼は幸運というほかありません。
以前とは全く違う文化の中で生きていく牧師ですが、心の根本は変わりません。彼は優しくて、困っている人を見かけると手を差し伸べずにいられない心をしていました。
それが彼を死刑囚にするとは、いったい誰が想像したでしょうか。
そして、それと対を成す物語。
これは牧師と腕を結んで海に投げ出された船乗りの物語です。
といっても、彼の本職は船乗りではありません。悪さをしすぎて、遠くまで行かないといけない、という立場の人間です。
この男が、本当に筋金入りの極悪人。
見た目は「日影で本でも読んでいるのが似合いそう」と自分で言うだけあって、落ち着いた容貌なのですが、それでは筋肉隆々の船乗りたちとは正反対。馬鹿にされることだってあります。
しかし、(悪人にとって)いいこともあります。
筋肉を誇示しているような荒くれ者はやはり怖いのか、上品そうな乗客たちは、何かあると彼を呼び止めることが多かったのです。
そこから部屋を把握し、下見をして、気づかれないようにちょっとずつ盗みを働く。もしもその部屋に女性しかいないのなら、絶対に正体がわからぬよう気を配ったうえで、暴行に及ぶ。
万一表ざたになっても、船の中には彼以外にも「そういうこと」をしそうな連中がうようよしているのですからたいして困ることはございません。
このように、悪逆非道の限りをしてきた男なのでした。
そんな男がどうして牧師と腕を結び付けたかといえば、これはもう完全な悪意。
どんなにしても付け入るスキのない牧師の、脅え震える無様な顔が見たい。たったそれだけの理由で船を沈没させてしまったこの悪漢、混乱する船の中で運よく牧師を見つけ出し、「自分が助かるために死ね」と申し立てます。牧師はそれを了承。そして海に投げ出されるわけですが――。
悪党の話は、ここからが本番。
その栄華。その末路。
どうぞあなたの眼で、確かめてください。
オブジェの本当の意味
出典:巻末には、扉絵として使われたオブジェの本当の名前、そして本当の解説が添えられています。
オブジェを確認してから本編に挑むもよし、本編とオブジェの意図の齟齬を、最後の最後に確認してもよし。
オブジェと文学の入り混じった、遊び心たっぷりの一冊です。
参考元
- ・祝福されない王国新潮社
当社は、本記事に起因して利用者に生じたあらゆる行動・損害について一切の責任を負うものではありません。 本記事を用いて行う行動に関する判断・決定は、利用者本人の責任において行っていただきますようお願いいたします。
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