ドラゴンクエストⅡの成功がなければ、現在のようなドラクエの人気はなかった。 正式名称『ドラゴンクエストⅡ 悪霊の神々』は1987年1月26日にエニックス社から発売された、ファミリーコンピューター用のゲームソフトである。 前作『ドラゴンクエスト』の続編であり、ドラクエファンの期待だけではなく、RPGの未来を占うソフトでもあった。 それぐらいドラゴンクエストⅡはゲーム史においても重要なソフトである。
『ドラゴンクエストⅡ(ドラクエ2)』はファンの期待を裏切らなかった、物語の継承!
出典:amazonドラゴンクエストⅡ(ドラクエⅡ)は、ドラゴンクエストⅠ(前作・ドラクエⅠ)の主人公、竜王を倒したロトの子孫と共に旅立ったローラ姫がたどり着き、建国した世界が舞台である。
100年以上経過しているが、それでもドラクエⅠをプレイしたユーザーにとって想い入れのあるドラクエⅠの主人公とローラ姫の子孫を、ドラクエⅡで再び主人公としてプレイできることは、たとえようのない歓びであり、ドラクエⅡをプレイする意欲をかきたてた。
また、かつての主人公の子孫を再び主人公としてプレイするスタイル、物語の継承はゲームでしかできない体験でもあった。
ドラクエⅠのエピソードを端々に組み込むことにより、ドラクエⅡからプレイしたが、ドラクエⅠにも興味をもってプレイを始めたユーザーも多かったのではないだろうか。
『ドラゴンクエストⅡ(ドラクエ2)』傑作の理由①新システムと改良+継承されたシステム!
・パーティー方式の採用!
ドラクエⅠの時はロトの血を引く主人公が一人であったが、ドラクエⅡは『ローレシアの王子』『サマルトリアの王子』『ムーンブルクの王女』の三人が主人公である。
ドラクエⅡからプレイするユーザーにとって、いきなりパーティープレイは難しいだろう。
そこで、最初はローレシアの王子(一人)から始まり、プレイしながら物語を進めていくことによって、サマルトリアの王子とムーンブルクの王女を見つけ、仲間にしていく展開にした、とゲームデザイナーの堀井雄二氏は後のインタビューで語っている。
継承+改良されたコマンド方式
『はなす』『じゅもん』などのコマンド方式は、前作から継承されたが、『かいだん』や『とびら』『とる』は削除され、代わりに『そうび』が追加され、8つあったコマンドは6つとなった。
また、ドラクエⅡからは『鍵』が導入されたので、『どうぐ』のコマンドからのサブコマンド『つかう』というような改良が加えられていた。
ドラクエⅡは三人のパーティー制なので、どうぐの受け渡しを可能とするための『わたす』というサブコマンドも追加された。
明るくなった洞窟と新しく追加された塔や旅の扉、そして船
ドラクエⅠでは真っ暗だった洞窟も、一定の空間が見える状態となった。
そのため、ドラクエⅠの時ほど洞窟は恐くなくなったが、パーティー制導入により、登場するモンスターも複数になったため、洞窟を探索する緊張感は充分に保たれていた。
他にも探索できる場所として、洞窟に加え『塔』が追加された。
これにより、塔から飛び降りないと進められないなど、今までとは違う仕掛けでユーザーの行く手を阻んだ。
また、ドラクエシリーズでは当たり前となっている『たびのとびら』も、ドラクエⅡから実装された。
たびのとびらは、いわゆるワープゾーンで、たびのとびらと繋がった場所へ行き来することができる。
まったく知らない場所へワープすることによって、ここへ来るための方法や、海の向こうに見える町に何があるのかなど、ユーザーの好奇心をかきたてた。
同様に追加された船もまた、未知の場所を目指すべく冒険心を奮い立たせた乗り物であった。
『ドラゴンクエストⅡ(ドラクエ2)』傑作の理由②ドラクエ史上、最高難易度!
ドラゴンクエストシリーズの中では、ファミコン版のドラクエⅡに限定するが、ドラクエ史上最高の難易度である。
これはモンスターとのバランスや物語を進めていくうえでの仕掛けなど、現在のようにユーザーフレンドリーではなかったことも含めてである。
ドラクエⅡのクリアを阻む最大の壁、ロンダルキアへの洞窟!
ロンダルキアへの洞窟というのは、最終決戦の地『ロンダルキア』へ続いている洞窟であり、ドラクエⅡをクリアするためには、必ず攻略しなければならない洞窟である。
ファミコン版のドラクエⅡをクリアした人にとって、ロンダルキアへの洞窟を攻略する大変さについては語るまでもないだろう。
モンスターの理不尽な強さもあるが、まずぶつかるのは落とし穴である。
階段は見えているのだが、そこへ行く途中で落とし穴に落ちてしまい、また戻ってこなければならない。
しかもファミコン版だと、一度落ちた落とし穴の場所をチェックしてくれるわけではないので、自分で覚えるしかない。
特に落とし穴が密集している階層では、そこを抜けるためだけに、方眼紙のノートなどに洞窟のマップを作って抜けた人も多いだろう。
やっと落とし穴ゾーンを抜けたと思ったら、今度は無限ループゾーンが待っている。
正しい道を進まない限り、無限にループして同じところに戻ってくる仕掛けである。
さらに付け加えれば、この無限ループゾーンに出現するモンスターは、理不尽なほど強力なものが多く、特定のモンスターが複数で現れると、全滅も覚悟しなければならないほどであった。
ロンダルキアへ続く洞窟の攻略が難しくて、ドラクエⅡのプレイをやめてしまった人も多いのではないだろうか。
弱すぎるサマルトリアの王子!
サマルトリアの王子がとにかく弱い。
力もそこそこで呪文も使えるバランス型のキャラクターで、ドラクエⅠの主人公にもっとも近いタイプなのだが、中盤を過ぎるとすぐに限界が見え始める。
つまり、力ではローレシアの王子に劣り、呪文ではムーンブルクの王女に劣るキャラクターなのである。
しかもファミコン版では装備できる武器や防具に関しても不遇で、攻撃力がわずかだけ上昇し、二回攻撃ができる『はやぶさのけん』が最強装備である。
サマルトリア王子は攻撃力に関係する能力『ちから』がそれほど高くないため、二回攻撃ができても、一回のダメージが弱く、モンスターを倒せない。
逆に反撃で倒されてしまう危険性の方が高まるのである。
ちなみにその一つ下位の武器は『てつのやり』で、序盤で購入できる武器である。
なによりもロトの血を引いているはずなのに『ロトのつるぎ』が装備できないという酷い扱いなのである。
鎧に関しても酷く、『みずのはごろも』というムーンブルクの王女が装備できる鎧と同じものが最強の防具であり、それは兜「ふしぎなぼうし」も同じである。
正直なところ、サマルトリア王子とムーンブルク王女が装備できる防具に関して差が出るのは、盾が装備できるかどうかくらいで、HP的に劣るムーンブルクの王女に最強の防具を装備させることになり、サマルトリアの王子は防御力に関しても厳しい状態へと追い込まれるのである。
結局、後半から終盤にかけては、戦闘において『ぼうぎょ』か、道具で使うとHP回復ができる『ちからの盾』を使うしか選択肢がなく、すぐにモンスターに倒されてしまうお荷物キャラになってしまう。
それ故に人気が出たキャラクターでもあるが……。
絶望させたシドーの『ベホマ』
最後のボス『シドー』が最大HPまでダメージを回復することができる呪文『ベホマ』を使う。
これはつまり、今まで与えたダメージが全てなかったことになり、プレイヤー側はそれまでに費やしたアイテムやMPだけが消費された状態となるのである。
シドーは最後のボスなので、強さもハンパではなく、最大レベルまで上げて戦いを挑んでも強敵である。
必死で戦い、もう少しでシドーを倒せると思ったところでベホマを使われ、心を折られてしまった人がどれほどいるだろうか……。
『ドラゴンクエストⅡ(ドラクエ2)』はわずか8ヵ月という開発期間で生まれた!
前作のドラゴンクエストが1986年5月27日発売、そしてドラゴンクエストⅡは1987年1月26日と、わずか8ヵ月で続編を発売したことになる。
しかも容量は前作の約二倍であり、当然、それだけゲームソフト製作に費やす時間も多くなる。
ゲームデザイナーの堀井雄二氏の話によると、実質の開発期間は半年ほどしかなく、当時は週刊少年ジャンプでゲーム紹介記事の担当もしており、またそこでドラクエⅡの情報も記事にしていたため、『先に記事で町の名前を決めて発表してしまうなど、記事が先か、ゲームが先かよく分からなくなってしまった』と当時を回想している。
『ドラゴンクエストⅡ(ドラクエ2)』傑作の理由③ヒロイン不在! しかし、想像させた二人の王子と一人の王女!
ドラクエⅡでは、ドラクエⅠの『ローラ姫』のように明確なヒロインはいない。
しかし、ハーゴンの軍勢によって国を破壊され、犬に変えられていたムーンブルクの王女が、ドラクエⅡのヒロインと言えるだろう。
ハーゴンを倒すため旅だった、ロトの血を引く、ローレシアの王子、サマルトリアの王子、そしてムーブルクの王女。
ゲームをプレイする中で、三人の関係を示すものはなにもない。
だが、二人の王子と一人の王女である。
それは二人の男と一人の女とも言い換えられる。
ドラクエⅡをプレイしながら、三人の関係性をいろいろと想像せずにはいられない……。
『ドラゴンクエストⅡ(ドラクエ2)』がドラクエブームに火を点けた!
ドラクエⅠが発売された当時、話題性こそあったが、いわゆるソフトが手に入らない、ということは無かった。
売り切れていたとしても、他のお店を探せば手に入れることができた。
しかし、ドラクエⅡの時は違っていた。
どこのお店へ行っても、ドラクエⅡのソフトが売り切れているという状況が起きたのである。
発売当日に、開店前のお店に並ぶという現象が起こったのも、ドラクエⅡである。
ゲームソフトを予約するという方式が取り入れられたのも、ドラクエⅡからではないだろうか。
ドラクエⅡの成功により、以後のドラクエブームに火がつくのである。
参考元
- ・参照リンク:ドラゴンクエストII 悪霊の神々 - Wikipedia
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