「怪物」をテーマに豪華執筆陣が書きおろしたホラー短編の数々。 「怪物」という語が孕むあまたの可能性を、どうぞ味わってください。
あなたの怪物は?
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怪物。
この言葉で、どんなものを思い浮かべますか?
キメラ、メデューサなど西洋の魔物でしょうか。鬼や土蜘蛛といった、日本の妖怪を連想する方もいるかもしれません。それとも、エイリアンなど、有名な映画のクリーチャー?
特撮などの、ヒーローものに登場する怪人や怪獣も十分に「怪物」の範疇です。
驚異的な能力や突出した個性を持つ人物も、怪物と称されることがありますね。
どんな怪物であれ、子供のころ、怪物におびえたことのない方はいないでしょう。
前述したとおりの特撮、映画にアニメ、絵本……異形のものということであれば、学校怪談でおなじみの「テケテケ」や「自分の頭をボールに使う球技部員」なども幽霊であると同時に怪物であると言えましょう。
本書には、私たちをかつて恐怖のどん底に陥れた怪物たちが、新たな姿で描かれています。
よく見知った怪物もいることでしょう。小耳にはさんだことのある怪物もいることでしょう。
しかし本書の真髄は、作家が想像力を駆使して描き出す、未知なる怪物たち。
誰も見たことのなかった怪物に、ここで出会えます。
いまどきの怪物たち
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怪物、というとやや古めかしい雰囲気が付いて回りますが、本書には現代ゆえの怪物も豊富です。
例えば「夢見る葦笛」に登場する謎の生物「イソア」。
全身タイツを着た人間の頭から、イソギンチャクの触手が生えているような容貌をしています。
どこからか突然現れた彼らは、美しい歌を奏でるだけで何の害もありません。
彼らを移動させたりする人間のサポートメンバーもおり、最初は新しい演奏ロボットではないかと思われていました。
彼らが奏でる歌は人の心をひきつけ、なごませます。
けれど主人公の女性だけは、その歌に言い知れぬ恐怖を感じました。
その場では慌てて逃げだすも、次第に街に増えてゆくイソアたち。
昔の友人との再会から、イソアのもっと深いところを知ってしまった彼女は耐えきれず、ある決断を下します。
例えば「父子像」。
周囲と一切交流を持たずに過ごす独居老人は、いまやいくらでも、どこにでもいるでしょう。
もはや現代においての「普通」である彼には、一つだけ、普通でないところがあります。
それは彼と同居する娘の存在。
文中で「娘」とだけ表現されるその存在との邂逅は、読者の度肝を抜くでしょう。
そこだけを抜き出すと、老人こそが「怪物」ではないかと疑いたくなる方もいるかもしれません。
しかし読み進めるうちに、そうではないとわかってきます。
せつなさと困惑が後を引く、不思議な作品です。
狂気の変身
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現在は怪物であったとしても、もとは人間であったという展開もお約束です。
変容を生じる物語は本書にも複数収録されていますが、そのなかでも際立って「狂気」の光る作品をご紹介します。
登場人物は全員生身の人間のはずなのに、強烈な生理的嫌悪を突き付けてくる「ボルヘスハウス909」。
むしろ明確に人間であるがゆえに、その異形が胸に刺さるのでしょうか。
何らかの問題を抱えた人ばかりが入居するアパート「ボルヘスハウス」に、行方不明の助手を探してやってきた映画監督。
助手は誘拐されただとかそういうわけではなく、自ら進んで入居しているようですが、どうも様子がおかしいのです。
もともと太ってはいたけれど、「寒天でこさえた小山のよう」になってしまった助手。
何とか説得して連れ出そうと、監督自身もこの奇妙なアパートに泊まり込むことにします。
住人たちを客であるところの監督に見せびらかしたがる管理人。
管理人に、まるで展示品のように次々紹介される入居者たち。
顔中に自ら穴をあけた女性が言うことには「ここで変わって、それからみんなずっとここにいる」。
住人達は皆、このアパートにやってきてからその姿をよりいっそう歪めてしまったとのことです。
そしてボルヘスハウスのなせる業か、監督も次第に、克服したはずの「悪夢」を思い出し、それに苦しめられます。
実在する書物「幻獣辞典」の著者から名前を取ったこのアパート。
「幻獣」という言葉から連想される美しさは微塵もなく、そこにはただ「怪物」たちが蠢いているのみです。
官能的なホラー小説で知られる岩井志麻子氏の「暗い魔窟と明るい魔境」は、誰もが持っている変身願望を極端にこじらせた女性の物語。
ずうっと目立たない子で、一時はいじめられるものの、進学したら違う出身校の子から仲間に入れてもらえて……という、ありきたりと言えばありきたりな少女時代。
そのころから、彼女は内心で巨大な妄想を作り上げてきました。
しかし、その妄想は、王子様と大恋愛をするお姫様でもスペクタクルな活躍をする女戦士でもなく、混沌とした都市に棲む、異形の怪物です。
彼女自身はいつまでも「目立たない地味な女の子」なのですが、彼女の心の中で「怪物である自分」と「怪物の住む都市」は成長を続けていきました。
やがて上京し「イケイケのお姉さん」になった彼女は「怪物である自分」を忘れてしまいます。
彼女がそれを思い出し、そして本当に怪物になり果てるまでの間に、いったい、何があったのでしょうか。
これぞ、怪物
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どちらかと言えば情緒的な怪物ばかり紹介してきましたが、物理的な脅威でもって怪物たる怪物もお目にかけましょう。
怪物的に倫理観の欠如した犯罪者が、何の因果か突然不死身になってしまう「ウは鵜飼のウ」。
冒頭から、レイプした女性の兄にリンチで殺されるというショッキングな展開にもかかわらず、軽妙な一人称に乗せられて読み進めてしまいます。
確かに死ぬほどの怪我を負わされたにもかかわらず、目が覚めると着々と傷は治り、電車に乗って帰宅できるほどの回復を見せます。
それだけでは怪物というには物足りないでしょうか。
ご安心ください、人間でなくなった彼にはそれ以上に怪物的な生態がごまんと備わっています。
その本能に戸惑いつつも、適応してあっけらかんと過ごしていく彼の前に、あのときの「兄」が偶然現れ……。
「ふたりだけの町」はタイトルだけ見るとロマンチックな気がしますが、本書に収録されている時点でお察しください。
いかにも西部劇が似合いそうなアメリカの田舎町で、突如として村人が消える怪事が発生。
農夫のジェフがバーに向かうと、行く道筋では誰にも会わず、とっくに営業しているはずのバーももぬけの殻。
不思議に思っていると自称「中尉」の怪しい男が現れて、ジェフと、彼以外に残っていた唯一の村人から事情を聞き出します。
その村人の言うところには、ほかの村人たちがどこからかやってきた原住民の老人をリンチにかけて吊るし、その老人が死の間際に唱えた呪文が原因だとのこと。
当然信じられるようなことではありませんが、かといってほとんどの村人が姿を消した原因は他に思いつきません。
とりあえず外部と連絡を取ろうとする3人ですが、呪文により目を覚ました怪物が彼らにも牙をむき始めます。
そして、タイトルにある「ふたりきり」の意味も明らかに。
ド派手なアクションに定評のある、菊地秀行氏ならではのウェスタン・ホラーです。
あなた好みの怪物を見つけて
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いかがでしょうか。あなたがそそられる「怪物」は見つかりましたか?
もしもなくても、ご安心あれ。「怪物」という、実に懐の深いテーマですから、どれ1つとして似通ったもののない作品ばかりです。
こちらで紹介した類型には、あてはめようとしたって徒労に終わるほどに。
あなたの心に鮮やかな爪跡を残してくれる怪物が、本書で見つかることを祈っています。
参考元
- ・異形コレクション 怪物團光文社
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