古ぼけた映画館で上映される、怪奇映画の4本立て。映画そのもののストーリーと、それに絡みつく幕間の物語とを堪能できる短編集です。
・波止場の映画館
出典:港近くのさびれた映画館に、いかにも訳ありといった様子の男が訪れます。
そこで上映されるのは、「オランタン・ランジュ」なる監督の怪奇映画ばかりの4本立て。観覧席で恋人に映画のうんちくを語って聞かせる男によれば、かのオランタン・ランジュは「監督のみならず役者もメイクもなんだってこなす、通称”呪われた詩人”」とのことです。
観覧席に座るのは、その辺のチンピラからギャングのボス、神経質そうな老婦人から怖いもの見たさの男の子たちまで、誰も彼もが癖のありそうな顔ぶればかりです。
しかしここで物怖じしていてはもったいありません。彼らと一緒に、映画の幕が上がるのを待とうではありませんか。
・解剖学者の城
出典:グロテスクな解剖標本の群れ。
老若男女はさまざまです。顎ひげを蓄えた壮年の男性は、人体模型さながらに半身をむき身にして晒され、まだ幼い少女の頭部は、果物の皮のように皮膚がめくれてしまっています。
酸鼻を極める情景ですが、ここにあるのはすべて、精巧につくられた蝋人形。
蝋人形たちと顔を突き合わせて感嘆のため息をついているのは、医学生のヴァルトマン。人体の構造を学ぶならここだと勧められてやってきたらしいのですが、それが本物の標本ではなく蝋人形とは、何とも皮肉なものです。
研究者たちに紹介され、しばし歓談するヴァルトマンでしたが、彼が「気になる標本」を口にすると一同の眼の色が変わります。
それは追放された、異端の研究者の作品だそう。醜い巨人の、首から上だけの標本でした。
その標本が気になって気になって仕方のないヴァルトマン。研究所に死体を卸していた怪しい男に声をかけ、取り次いでもらった先はヴィクトリオ――追放された研究者のもとでした。
顔を合わせて間もなく、二人とも「人工生命」の研究をしていることを打ち明けあい、話はちょっとした盛り上がりを見せます。が、そのころ研究所では大変なことが起きていたのでした。
発端は死体の運び屋イゴーレの裏切りでした。ヴィクトリオの城にあった美しい少女の死体を研究所に売り払ってしまったのです。
が、その少女は死体ではなく、もっとおぞましいものでした。
彼女こそ、死体をつぎはぎして作った、怪物そのものだったのです。
彼女の覚醒を発端として、研究所は阿鼻叫喚の地獄絵図へと沈みます。
なお本作に登場する研究所「ラ・スペコラ」はフィレンツェに実在する博物館にして美術館。人体解剖蝋人形のみならず、動物のはく製や標本のコレクションでも有名です。
・ライム・ライム
出典:「解剖学者の城」でも怪物には不自由しませんでしたが、こちらの作品にはもっと古典的な怪物ばかりが揃い踏み。オールスターと言ってしまうには、「解剖学者の城」で主役を張った、あの怪物が足りないところですが……。
先ほどとは打って変わって、古都ウィーンで展開する派手な捕り物劇です。墓地でのイントロダクションの演出も、とびきりショッキングにできています。
このシーンだけで、さぁ次は何を見せてくれるのかと、ドキドキすること請け合いです。
死んだはずの男が、生きている。
死んだのは、替え玉らしい。
その話を手掛かりに墓場まで掘り返し、彼の「生前」の恋人まで動員しての大規模作戦の末、ついに事の真相は明らかになります。
結論に至るまでの緻密な追跡劇と、激しい戦闘描写のギャップは必見。「教授」の大活躍も、元ネタをご存知の方ならにやりとできること請け合いでしょう(知らなくたって、充分面白いですけれども)。
脇役としてちらりと登場するプラハのゴーレムや「カリガリ博士」の名称なども、怪奇趣味に通じた方なら嬉しいところ。
陳腐と言えば陳腐なラストシーンですが、その手の話が好きな方には、最高のフィナーレであることを保証いたします。
・没薬香る海
出典:比較的「王道」と言える作品が2つ続いた後には、このくらい「外道」な作品がふさわしい。
そう思わせてくれる作品です。
豪華客船に乗って、駆け落ちするカップル。後ろ暗い組織の幹部を父に持つ、美しい彼女はかつて恋人を父に殺されたことを今でも恐ろしく思っています。ゆえに、今の恋人の身も人一倍、心配でなりません。
あなたは私が守るから……と、婦人用の拳銃に弾を込めて隠し持つ気丈さと、いじらしさが際立つ女性です。
彼女の決意は決して思い込みすぎというわけではありません。なぜならこの豪華客船には、恋人の命を狙う殺し屋がうろうろしているのですから。
ほかの乗客も、客室係も、船員も……誰が殺し屋かわからないスリリングな状況で進んでいく物語。
無論それだけでは終わりません。彼女と恋人が、運び込んだ荷物。それにまつわる不気味な因縁が、徐々に形をなして周囲を脅かし始めます。エキゾチックな、甘い香りを伴って……。
・踊るデンキオニ
出典:これが本当に、最後の最後。
ある意味で「没薬香る海」を越える外道作品と言えるでしょう。
こう言っては失礼ですが、低予算の邦画ホラーみたいなチープな設定をしています。にもかかわらずほかの収録作品に恥じぬ、強烈な雰囲気を持った作品です。
デンキオニ、とは鬼ごっこのひとつで、「手つなぎ鬼」とも呼ばれます。ほかの鬼ごっことの最も大きな違いは、鬼が増え続けること。
鬼に捕まると、元の鬼と手をつないで「獲物」を追いかけます。鬼は増える一方ですから、最終的には手をつないだ鬼の群れに、わずかな生存者が追い回される格好になります。
このデンキオニといい、最初に言った「邦画みたい」というところからお察しいただけるでしょうが、これは構成作品の中で唯一、日本を舞台にした作品です。
そして襲い来るデンキオニとは、いわゆるソンビ。老若男女問わぬ無残な死体が、なぜか仲良く手をつないで、追いすがってくるのです。
ことの発端はある少女の自殺でした。葬儀の際に棺を開けると彼女の死体はなく、その少女ともう一人、やはり少女らしい人影が仲良さそうに手をつなぎ、階段を元気に駆け下りてくるのを目撃した人物がいました。
それからは、もう、阿鼻叫喚。
両親も弔問客も、生前のチャームポイントだった「真珠色の八重歯」に食いちぎられて、「奴ら」の仲間入りをしていきます。
そして葬儀場からあふれ出した「奴ら」は、次々と仲間を増やし、一般市民を圧倒してゆくのでした。
しかしそこは映画ですから、諦めない一般市民も当然います。
小学生からの付き合いで、一緒に危ない橋もわたってきたマサミとジローと、例の少女の葬儀を取材したという記者も加わって、脱出の機会を狙います。
記者から民間のヘリポートの存在を聞き出し、一縷の望みをかけてそこに向かう3人。しかしヘリポートにはすでに「奴ら」がうろついており、それどころか記者が犠牲になってしまいます。
記者の死体と、残された2人。
彼らはこれでもまだ、諦めません。
とっておきの奇策を用いて、脱出への道をひた走るのです。
・ほんとうの幕開け
出典:これらの「映画」の間には、それぞれ「幕間」として観覧席の様子が描かれています。観客たちのやりとりも、どうぞ見逃さず読んでみてください。
件の映画マニアの男が語るオランタン・ランジュの奇怪な経歴、館内を徘徊する怪人物、そしてだんだんと、おかしくなっていく観客たち……。
最後の映画の上映が終わった後は、すべてが明らかになります。
章タイトルはもう幕間ではなく、幕開。
本当の恐怖は「本編」のあとに、やってくるのです。
参考元
- ・スクリーンの異形 -骸骨城-角川書店
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