スタンダードな貴族タイプから、吸血鬼と言っていいのかわからないような怪物まで。古今東西の吸血鬼譚を集めた一冊。
吸血鬼尽くしの短編集
黒地の表紙に、深い、深い赤色の薔薇。
シンプルな白抜きの文字が気品を際立たせるこの本には、
「吸血鬼ホラー傑作集」の名前の通り、吸血鬼の物語ばかりがギュッと詰まっています。
吸血鬼と言って、真っ先に連想されるのは黒マントのドラキュラ伯爵でしょう。
裏地の赤をちらつかせながら、美女の首筋にがぶりと牙を――。
しかし、そんなステレオタイプの吸血鬼のほうが、本書で探すのは大変そう。
一癖も二癖もある吸血鬼と、それを取り巻く人々が織りなす、重苦しい田舎の物語。
軽薄なる都会の物語。もしくは反対。
それどころでなく、全く違う物語……。
ドラキュラ伯爵から、物体Xまで。
無限大の可能性を血管に孕む、吸血鬼たちの物語。
ぜひ楽しんでみてください。
影の狩人
実に変則的な吸血鬼譚です。
しかし一定の「儀式」を重んじるところなどは、下手な吸血鬼モノよりよほど吸血鬼的な物語なのかもしれません。
青年が行きつけのスナックで「彼」に出会ったことから運命の歯車は狂いだします。
彼は別の客と幻想的な話題で盛り上がっており、青年はなんとなくそれを聞きたくなって、いつもより長く店にいました。
ただそれだけ、本当にそれだけの間柄なのですが、
夜道で見かけた黒猫が夢魔として眠る青年を苛むほどに、運命的な出会いだったのかもしれません。
何度か店で彼の話に耳をそばだてるうちに、青年はとうとう彼の隣に座ることとなりました。
いままで見知らぬ同行者に向けられていた言葉が青年に向き、さらなる幻惑へと誘います。
悪魔、血の供儀、喪われた大陸……刻々と移り変わる話題は、どこを目指しているのか。
そして彼は、話し相手である青年に何を求めているのか……。
さんざん謎めかせてから明かされるにしては、あまりにもあっけらかんとした「儀式」の手順。
きっとそれは落胆ではなく、微笑のみを与えてくれるに違いありません。
ヴァンピールの会
ここまでに収録されている作品は、人も吸血鬼も男性ばかり。
ホモセクシャルをにおわせる耽美的な作品も素敵ですが、ここはひとつ、美しい女性たちに登場していただきましょう。
海の見える、白い石造りのレストラン。大きな窓からさんさんと降り注ぐ太陽。
木原氏が経営するこのレストランは湘南を見下ろす高台にあります。
レストランを開いたのは美食が高じた結果ですが、窓の大きさについてはまた別物。
昔聞いた「ソーダ水の中を貨物船が通る」という歌の一節をいたく気に入り、たっぷりと陽の光が入る大きなガラス窓を作ったとのことでした。
さて、このレストランに、時折珍客が現れます。
珍客といっても服装や所作がヘンというわけではなく、むしろ洗練されているのですが――
いったい何の集団なのか、見当もつかない人々なのです。
例の「ソーダ水の……」から着想された部屋を貸し切りにして、月に一度催されるワインパーティ。
皆がワインを持ち寄って味わう会ではあるものの、
木原氏のワインに合わせた料理も喜ばれ、たまにシャンパンの注文なども入る、いわば上客でした。
料理を運んだボーイが「魔女みたい」と言ったことに興味を覚え、あるとき木原氏本人が、パーティの場に出て行ったこともあります。
パーティの面々は文学少女風から、高級娼婦風まで、「いい女」のオンパレード。
そこにまとめ役と思しい紳士が一人。
大学の時の教授と教え子たちか、と木原氏は見当をつけますが、それにしたってなんだか空気がおかしいのです。
それでもレストランと「ワインパ-ティ」は持ちつ持たれつ、蜜月のままで時が経ってゆきました。
いつだったか、彼女たちのことを「魔女みたい」と言った、顔だけはいいボーイの佐田くんが、無残な姿で発見されるまでは。
週に一度のお食事を
蒸し暑い初夏。込み合った地下鉄。物語はそこから始まります。
主人公の女子大生が、揺れで当たったふりをして首筋にキスをしてくる変質者に遭遇し、心底いやな思いをしてから、その異変は起きました。
最初はその直後の貧血。駅員さんに介抱してもらって家路についたはいいものの、歩き始めるとひどい立ちくらみが頻発。
普通に歩けば15分で着くアパートへたどり着くまで休憩すること、8回。
やっとのことで家にたどり着き、ベッドに倒れこんで眠りにつくと――
次に目が覚めたのは翌朝を通り越して夕方でした。
この短編集の趣旨からして、もうお判りでしょう。
地下鉄の変質者は吸血鬼で、彼女もその血族に加えられてしまったのです。
だけれども、ちょっとやそっとじゃへこたれないのが今風なのか、彼女は最初、自分の変化を楽しみます。
起きられないから午前の授業は全滅だけれど、そんなものは彼氏にノートを借りればいい。
お腹は空かないから食費は浮き、それで欲しかったスカートを買っちゃう。
彼女が自分の正体に気付いたのは、変化が始まってからちょうど一週間後――
本能に突き動かされるままに、恋人の喉を噛み破ってしまった時でした。
そのあとは吸血鬼になってしまった恋人と一緒に、なんだかんだと行動を始める彼女。
すると日本中には驚くほどの吸血鬼が隠れていたことがわかりました。
やがて吸血鬼のムーヴメントは、世間一般をも巻き込んでいき……。
コミカルな流れに乗せられてたどり着く、ラスト数行の恐ろしさ。
きっとあなたも背筋が凍ることでしょう。
吸血鬼の静かな眠り
この作品を手掛けるのは「三毛猫ホームズ」などの推理小説でおなじみ、赤川次郎氏。
「吸血鬼はお年ごろ」から始まる、ジュヴナイル向け小説の一群はご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ひょっとしたら、夢中で読んでいた……という、方も。
しかしその、ジュヴナイルのつもりで読み進めることはお勧めしません。
タイトルが似ているだけであって、これは「大人の」吸血鬼譚なのです。
夏休みに、別荘にやってきた5人家族。
自宅とは全く違う環境にみんなして、大興奮です。
お父さんは張り切って、家ではしない庭仕事。
子供たちも別荘の探検に余念がありません。
ここまでは幸せそのもの、微笑ましく読んでいけるストーリーなのですが、
探検をしていた弟が、「それ」を見つけてしまったのが運のつき。
弟が見つけたものは、巨大な棺桶でした。
気持ち悪くて親に相談するも、不動産屋さんは休み明けまで対応できないとのこと。
地下に棺桶があると思うと、なんだが何をするにも薄気味悪くてたまりません。
その時点で逃げ帰っていれば、この一家は今も幸せだったのかも、しれないのですが……。
吸血鬼という、可能性
この記事でご紹介した以外にも、古今東西、素晴らしい吸血鬼小説があります。
それらは一様に、誰かに読まれるその時を、今か今かと待っているのです。
残虐非道で、刺激的なだけが怪奇小説ではありません。
背後からひたひたと迫りくる恐怖。
当たり前の日常がいつの間にか壊れている恐怖。
自分が、自分でなくなってしまう恐怖……。
吸血鬼という素敵な怪物の物語には、考えうる限りすべての恐怖に通ずる道筋があります。
この短編集を読んでときめいたあなたは、ぜひ他の吸血鬼小説も読むことをお勧めします。
吸血鬼を題材にした短編集は多く、単体の作品はもっと多いのです。
血の海で溺れるあなたとわたしが、いつか理想の吸血鬼に出会えることを祈って。
参考元
- ・血と薔薇の誘う夜に角川書店
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