死人が生き返り、獣が人に化け、池には仙人がいる。 めくるめく中国ファンタジーの世界を、短編で手軽に味わえる一冊です。
中国怪談の愉しみ
中国の古典といえば、やっぱり三国志でしょうか。
三国志がダントツに大人気で、それに続くように封神演義や、史記、十八史略……タイトルを並べただけでめまいがしてくる、という人もいるかもしれません。漢文の授業で苦手意識を持ってしまった方もいるでしょう。
しかし中国古典は単純に、物語として面白いものが多いのも事実。でなければ、三国志がこんなにメジャーになることはなかったでしょう。
今回は中国古典としてはマイナーもマイナーどころ、それも怪談。怪談・奇談だと「聊斎志異」が有名どころですが、まじめに読もうとすると言い回しが難解で、疲れてしまいますよね。
今回紹介します「棺中の妻」は、皆さんになじみのない「怪談」かもしれません。しかし雰囲気を損なわない程度の平易な表現、読みやすさが徹底されています。
日本の怖い話とも、洋風ホラー映画とも異なる「怖さ」と「わくわく」を、どうぞ味わってみてください。
棺中の妻
表題作ですが、収録はすこし後です。順番に読めば、ほかの作品で中国怪談の空気に慣れてきた頃合いでしょう。満を持してお楽しみください。
ある富豪には幼い娘が二人いました。片方の子は、まだむつきにくるまっているような状態です。その富豪のお隣さんにも小さい子供がいました。
そちらは男の子で富豪の家の長女と同い年でしたので、もともと親しくしていた両家は相談して、将来その子たちが大きくなったらぜひ結婚させようというところまで話を進めてしまいました。
特に花婿の父など大喜びで、結納代わりだと高価な金のかんざしを富豪に贈りました。
それからまもなくして、お隣さん一家は遠方へ転勤になり、15年が経っても戻ってくる様子はおろか、手紙の一枚もよこしません。
姉妹の上の娘はそろそろ19歳。結婚を考えなければいけない年齢です。娘が行き遅れては困る、何とか嫁がせたいとする母でしたが、父は「親友との約束を破るわけにはいかない」の一点張り。
母も負けじと、ことあるごとに父をせっつきます。が、父の言うことはいつも同じ。
姉娘はきちんと許婚に嫁ぎたいと思っていましたが、このままだと婚期を逃すのは間違いがありません。しかし、母の言いなりに適当な男に嫁ぐのも嫌でした。
どうか一日でも早く許婚が帰ってきますように。
毎日、毎日、そればかりを願っていた姉娘は思いつめるあまりとうとう病に伏し、ついに帰らぬ人となってしまいました。
それからしばらくして、お隣さんの息子だけがひょっこり帰ってきます。わけを聞くと、赴任先で父母を相次いで亡くし、喪がなかなか明けなかったので手紙も送れず、直接来ることもできなかったと詫びました。
そして、許婚であった娘がついこの間亡くなっていることを知り、顔も知らない彼女のために涙します。
父親の親友の息子ということもあり、しばらくはこの家に世話になることになったお隣の息子。ある日一家がかごで帰ってくるところを迎えると、後方、女物のかごから、何かきらきらするものが「ちゃりん」と音を立てて落ちました。拾い上げてみると、それは鳳凰をかたどった、美しい金のかんざしでした。
これを発端に彼は、様々な怪異や事件に悩まされることとになります。しかしそれは試練であり、何の試練かといえば、彼が幸せをつかみ取るのに必要な試練だったのです。
二人の嫁と緑の眼の犬
表題作に対して、トップバッターはこちら。
樵の兄弟の弟が、山で行方不明になってしまいます。家族は大いに嘆いて探し回りましたが結局見つからず、弟は死んでしまったのだ、とあきらめることになります。
それから2年ほどのち、兄弟の父親は通りがかりの猟師に会いました。猟師はまだ生きている獲物の首に紐を結わえて、犬の散歩のように歩かせています。
ところがその獲物が父親の前で足を止め、動かなくなってしまったのです。心なしか、訴えるような面持ちでもあります。
これを哀れに思った父親は、この獲物を自分が買い取るから、逃がしてやってくれと猟師に相談しました。しかしこいつは化けるからと、猟師は渋ります。
そこで父親は一計を案じて「化けるほどのものならば、きっと恩返しをしてくれるよ。もちろん、逃がしたあんたにも功徳があるさ」と説明したところ、猟師も納得し(たのかはわかりませんが)縄を解き、その獲物ーー真っ黒なキツネは九死に一生を得て、逃げていきました。
ここからは鶴ならぬキツネの恩返しが始まります。キツネの縁から、死んだものと思っていた弟とも再開することができ、みんなは幸せに暮らしました――では終わらないのがこの物語の意地悪なところです。
ラストシーンまで読んだ方は「怖い」「気持ち悪い」というよりも、「さびしい」という感情が湧き上がってくることでしょう。
鬼の後添い
いわゆる鬼嫁ですね。
幼い子供を遺して、病死した先妻、冷氏。子供たちのためにも……と父親は再婚しますが、後妻の欧陽氏はまさに鬼嫁。
童話に出てくる「怖い継母」そのもので、子供たちにつらく当たります。見かねた父親が注意をすると、そちらにも昼夜問わずがみがみと小言を並べ立てます。子供たちはもちろん、父親もこの後妻にはほとほと困っておりました。
ある日父は、欧陽氏と大喧嘩をして、家を飛び出してきてしまいます。行く当てもありませんが、家に帰ればまた彼女と顔を合わさなければなりません。
どこへともなく歩いていくうちに雨に降られて、それを避けようと林に逃げ込み、運の悪いことに穴に落ちてしまった父親。そのうえ、なぜか落っこちた先は屋根の上。下から家人の「泥棒だ!」という声とともに、引きずり落されてしまいます。
するとその家に住んでいたのは、死んだはずの両親、実家に仕えていた従僕、そして先妻の冷氏……彼は偶然、死人の国に入ってしまったのです。
驚きはしましたが、死人と言っても懐かしい家族。欧陽氏の横暴ぶりをなんとかしたいと相談すると、死人の一家は驚く方法で子供たちを救い、鬼嫁を攻勢させることに成功します。
夜来香
「夜来香」と書いて、「イェライシャン」と読むとのこと。同名の歌謡曲や映画があるので、字面だけは知っている、という方もいるかもしれません。もとは花の名前だそうです。
その花のように美しい、一人の女性の物語。
彼女は並外れて美しく生まれついたものの、親の決めた婚約者は食べていくのもやっとの貧乏役人。もちろん、彼女はその婚約を喜びません。暮らし向きはもちろんのこと、彼女には気になる男性がいたのです。
それはすぐ隣のお宅に住んでいる、徐という男。こちらも主人公に負けず劣らずの美貌の持ち主なのですが、やや性格に難ありとみえて、女のうわさが絶えません。
にもかかわらず彼女はずっかりほれ込んでしまい、徐のほうもまんざらではない様子。このままでは例の貧乏役人と結婚されてしまうということで、二人は手に手を取って駆け落ちします。
しかしここからが大問題。行先で徐は顔見知りの博徒にそそのかされ、彼女を遊郭に売り飛ばしてしまいます。
はじめは取り乱したものの、もうここで生きるしかないと心を決めた彼女の躍進ぶりはすさまじいものでした。誰が呼んだか”夜来香”、知らぬ者はいないほどの高級遊女に上り詰めます。
怪談でもなんでもないじゃないか、とお思いの方はごめんなさい。最後まで読み終えても、ほかの作品に比べ怪談の要素は薄いです。
それでも、下手をすれば怪力乱神よりもっと怖いもの――無常感が、この物語の根底を流れています。
中国怪談のすすめ
この本に限らず、中国怪談の書籍はたくさん出ています。メジャーな伝承になると、今はインターネットでも閲覧できることでしょう。怪談、ということで作中で怪現象は起きるものの、それよりも人間関係に重きを置いた作品も多々あります。
エキゾチックな演出と、当時の文化の重厚な香り。
一味違う怖い話が読みたい方には、ぴったりのジャンルですよ。
参考元
- ・棺中の妻角川書店
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