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出典:amazon

2020/06/09
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高校野球、滅多に見れないマニアックな記録集

早稲田実業の清宮幸太郎が高校通算100号本塁打を記録し話題になりました。高校野球界では、高校通算本塁打記録や甲子園での通算勝利数、通算優勝回数など注目される記録が多くある一方で、滅多に見ることのないレアな記録も多くあります。そこで今回は、有名どころの記録に隠れがちな、マニアックな記録の数々をご紹介していきます。

目次

【2試合連続降雨無効試合】2009年夏の甲子園・如水館高校(広島)

2009年夏の甲子園1回戦、広島・如水館と高知・高知高校の一戦。

8月9日に行われた試合は2-0と如水館リードで進むも試合途中に雨が強まり降雨ノーゲームに。

翌10日の試合でも6-5と如水館がリードするも雨が強まり降雨ノーゲーム。

そして迎えた11日の試合はノーゲームになることなく無事に試合終了を迎えるもスコアは9-3で高知高校の勝利。如水館にとっては悪夢のような敗戦。

前日前々日ともリードしながら雨に泣かされる展開となりました。

2試合続けての降雨ノーゲーム自体かなり珍しいことです。

【3試合連続延長戦】2011年夏の甲子園・如水館高校(広島)

2試合連続降雨無効試合から2年後の2011年夏の甲子園。

如水館高校は再び甲子園で史上初の珍記録を生み出します。

それが「3試合連続延長戦勝利」です。

1回戦、岐阜・関商工との試合を延長13回3-2で勝利し、2回戦、大阪・東大阪大柏原戦では延長10回7-4で勝利。

続く3回戦、秋田・能代商業との試合では延長12回表に1点を勝ち越されますが、その裏2点を取り逆転サヨナラ勝ち。

準々決勝で惜しくも敗退しますが、ノーゲームに然り延長戦に然り、如水館高校はある意味甲子園に名を残しました。

【同じ都道府県同士の決勝戦】春の選抜で過去5回ある対戦

夏の甲子園は各都道府県から1校しか出場できませんが、春の選抜は地方大会で好成績を収めた高校が出場できるため同じ都道府県から複数校が出場するということがあります。

そんな春の選抜で、同じ都道府県の高校が決勝戦で対戦するということが起きました。

初の同都道府県同士の決勝は1938年、中京商業vs東邦商業の愛知勢対決。

その後、1941年に東邦商業vs一宮中という2度目の愛知勢対決。

1948年に京都一商vs京都二商の京都勢対決。

1972年に日大桜ヶ丘vs日大三高の東京勢対決。

そして記憶に新しい2017年の履正社vs大阪桐蔭の大阪勢対決。

春の選抜で日本一を争っても、夏は1校しか出れない。

どちらかが夏の甲子園に出れないというのはなんとも残念ですね。

【幻の4アウト事件!?】1985年夏の甲子園・益田高校(島根)

野球は3アウトになると攻守交代しますが、甲子園で1イニング4アウトという珍しいケースがありました。

それが、1985年夏の甲子園1回戦、島根・益田高校vs北海道・帯広農業の初出場校同士の一戦。

4ー2と益田高校2点リードの9回表益田高校の攻撃。

5番打者が二飛に倒れ3アウトチェンジとなるはずが、続く6番打者が打席にたちます。

この時、益田高校ベンチは二飛の時点でチェンジだと知っていたそうです。

結局6番打者は二塁ゴロに倒れましたが、記録上は消されました。

帯広農業側、そして審判も誰一人として気づかなかったとのことでした。

【2試合連続延長15回引き分け再試合】2017年春の選抜・第二、第三試合

高校野球では、延長15回終了時点で引き分けだった場合、翌日に再試合が行われるというルール。

しかし、延長再試合というのは滅多に起こるものではありません。

2017年春の選抜で、滅多に起こることがない延長再試合がありました。

それも、2試合続けてという甲子園史上初の出来事。

まず1試合目が3月26日の第2試合、滋賀・滋賀学園vs福岡・福岡大大濠の一戦。

両チーム譲らず延長15回終了で1-1の引き分けとなり再試合が決定。

そして2試合目が同日の第3試合、群馬・健大高崎vs福井・福井工大福井の一戦。

この試合も両チーム譲らず延長15回終了で7-7の引き分けとなり再試合が決定。

滅多にない延長再試合が2試合連続で起きました。

この日NHKで実況をしていたアナウンサーも「歴史に残る一日となりました。」と実況するほどでした。

今後まず起こることは無いと思われます。

【校歌が違う!?】1984年春の選抜・拓大紅陵(千葉)

マニアックな記録というよりも、単なる係員のミスが生んだ珍事。

1984年春の選抜2回戦。

拓大紅陵vs法政二高の一戦。

試合は拓大紅陵が力の差を見せ10-2で勝利。

両者互いの健闘を称え挨拶をし、勝った拓大紅陵はホームベースの前へ整列します。

そして校歌を斉唱し校旗掲揚となるはずでした。

しかし、球場に流れたのは破れた法政二高の校歌。

あってはならない係員のミスで、拓大紅陵も苦笑いだった模様です。

【振り逃げスリーラン!?】2007年夏の甲子園神奈川県予選・東海大相模

2007年夏の甲子園神奈川県予選。

甲子園で優勝するよりも神奈川を制する方が難しいと言われてる激戦区。

準決勝の東海大相模vs横浜高校の名門対決で高校野球史上初の記録が誕生しました。

場面は4回2死1、3塁と東海大相模が追加点のチャンスの場面。

打席には現巨人のエース・菅野智之。

2ストライクと追い込まれた後、ワンバウンドの球をスイングして三振、となるはずでした。

しかし、ルール上は三振したとしてもワンバウンドの球の場合は捕手が打者にタッチをしないと三振が成立しないというルールになっています。

横浜高校は菅野にタッチをせずにベンチへ帰ったため東海大相模のランナーはプレーを続け2人の走者と打者走者菅野がダイヤモンドを一周し3点が追加されました。

後にも先にも高校野球史上初の振り逃げでのランニング3点本塁打。

この試合の勝負の分かれ目となったプレーでした。

【五打席連続敬遠】1992年夏の甲子園・星稜高校(石川)

高校野球ファンのみならず高校野球ファン以外の人でも知っている人が多いことでしょう。

1992年の夏の甲子園の主役は石川・星稜高校の松井秀喜でした。

星稜高校は初戦を勝利し迎えた2回戦、高知・明徳義塾との一戦。

松井対策として明徳義塾が行った作戦、それが全打席敬遠でした。

この試合、松井は一度もバットを振らせてもらえず五打席全て敬遠四球でした。

試合は星稜高校が1点差で破れ、松井は甲子園を去りました。

この五打席連続敬遠を巡っては賛否が別れ、当時社会問題にまで発展しました。

【無安打で勝利!?】1953年夏の甲子園・慶應義塾高校(神奈川)

ヒットを1本も打たずに勝つのは不可能に近いことです。

しかし、甲子園で何と無安打で勝利した高校が1校だけあるんです。

それが、神奈川・慶應義塾高校です。

1953年夏の甲子園1回戦、慶應義塾vs北海道・北海高校の一戦。

慶応は5回に相手失策で出塁しスクイズで先制。

6回にも失策で出た走者が盗塁を仕掛けスクイズで2点目。

無安打で2点をもぎ取ります。

結局この2点が決勝点となり、慶應義塾が無安打で勝利を収めました。

ちなみに対戦相手の北海の安打は1本。

両チーム会わせてヒット1本という投手戦が繰り広げられました。

【122対0!?】1998年夏の甲子園青森大会・東奥義塾高校

122-0というスコアを見せられても一見、野球のスコアには見えませんよね?

実は、1998年夏の甲子園青森県大会で、122-0という歴史的大差がついた試合がありました。

東奥義塾vs深浦高校の一戦。

この試合、東奥義塾は初回にいきなり39点を挙げます。
その後も、2回10点、3回11点、4回17点、5回16点、6回12点、7回17点を挙げます。

現行のルールでは5回終了時点で10点差以上ついた場合はコールドゲームとなりますが、当時は7回が終了するまでコールドゲームが適用されませんでした。

結果、東奥義塾はこの試合で打者149人86安打78盗塁7本塁打で計122点。

一方の深浦は無安打無得点に終わり、21個のアウトのうちほとんどが三振という結果に終わりました。

この試合は、青森県内のみならず全国ニュースで取り上げられ話題になりました。

参考元

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