2019年に公開された『ファースト・マン』は、50年前に初めて月面着陸に成功した「アポロ11号」の船長、ニール・アームストロングを主人公にした作品。『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞を受賞したチャゼル監督と俳優ゴズリングの描く、アポロ計画の成功と、その裏で傷ついていた人々や批判にも光を当てたこの映画について、くわしく解説します。
初めて月面着陸に成功した「アポロ11号」の船長、ニール・アームストロングの人生について、深く描いた作品「ファースト・マン」。
彼の一歩は「That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind.」……人類の偉大な跳躍であり、また苦悩と悲しみを乗り越えての一歩でもありました。
アカデミー賞を受賞した『ラ・ラ・ランド』のチャゼル監督と主演ライアン・ゴズリングが再びタッグを組んだ意欲作。
派手なエンターティーメントとして仕上げたわけではなく、もの悲しさも感じられる作品に仕上げられた『ファースト・マン』の魅力と、登場人物やキャストまでじっくりと紹介します。
『ファースト・マン』の映画とは
この映画はアポロ計画の中で船長として活躍し、人類の中で始めて月に立った、ニール・アームストロング船長の人生を振り返って映画化したものです。
彼が一個人としてアポロ計画に参加し、月に立つまでの葛藤が描かれています。
最愛の娘との別れから逃れるように応募した宇宙飛行士への道、ハードな訓練を乗り越えて結ばれた絆、アポロ計画内での事故と批判。
子供が亡くなって親は子供を思い続けること、そしてそれと別のところにある宇宙飛行士、命をかけることへの葛藤が映画では描かれています。
月面着陸を単なるヒーローの英雄譚として持ち上げるのではなく、ニールの影の部分にまで光を当てたこの作品は、深く考えさせられるものになっています。
『ファースト・マン』というタイトルには、初めて月面へ行った男、という意味が込められています。
じっくりと考えながら映画を見たいときにおススメ
みんなでワイワイと盛り上がったり、成功を賛美したり、スペクタルロマンを見せてくれるエンターティメントとは一線を画したこの作品。
宇宙を舞台にした壮大なアドベンチャーを求める人よりも、アームストロング船長がどう言う人物だったか、そしてその周囲にいた方々はどういう人だったのか、じっくり考え、映画を観た後に余韻に浸りたい、そんな時に見ると引き込まれるものがあるでしょう。
華美な演出はなく、淡々と、寡黙な男性としてのアームストロング船長の人生が描かれています。
ですがその中でもトラブルや、宇宙に飛び立つシーンなどはアクション的に心揺さぶられるものがあります。
発射するときにしっかり目を見開いて宇宙をじっと見るシーンなどは、男の子が持っている冒険心をくすぐられるシーンでした。
月面に着陸した際のシーンとして音が一切ない場面は、自分もその場にいるような錯覚を覚えるほど臨場感があります。
月面で娘さんの形見を置いてくる場面の切なさは、親としての気持ちを、どんな言葉よりも雄弁に語っていて、胸に強い印象を残します。
主な登場人物を紹介
ニール・アームストロング……物語の主人公であり、アポロ11号の船長。寡黙かつ謙虚ですが、芯はしっかりとしていて、計画をしっかりと進めていくリーダーシップにあふれた人物。家族を愛する父親でもあります。アポロ計画の船員に選ばれる前に娘を脳腫瘍で失い、その痛みを心の奥底に秘めている描写が描かれています。
仲間思いでもあり、仲間の訃報に際しては涙は見せませんでしたが、ホワイトハウス祝賀会の際には動揺を隠せないのでした。
人類で初めて月面に降り立ったファースト・マンとして、大統領自由勲章(1969年)、議会宇宙名誉勲章(1978年)、議会名誉黄金勲章(2009年)を受章しています。
カレン・アームストロング……ニール・アームストロング船長の第二子、娘です。
作品中では一緒に庭で遊んだり、家で遊んだりする様子が描かれています。
脳性腫瘍のために次第に体調が悪くなり、X線治療などを行い一時的に回復するも、最後は肺炎でなくなるという悲しい最後を遂げました。
物語の中では彼女が重要なキーパーソンともなっています。
ジャネット・シアロン(ジャネット・アームストロング)……ニール・アームストロング船長の最初の妻であり、アームストロング船長の家庭での生活を支えました。あまり感情を見せない夫に時に不満を感じることもあります。
アポロ計画が進むにつれて憔悴していき、しばしば普通の生活が良かったと語るシーンも多く、家庭に残る者としての葛藤が表現されてます。幼い娘を亡くした過去を持つ彼女が、命がけの任務へ向かう夫を見送る心情とは、いかなるものでしょうか。
月面へ行くミッションの際には「しっかり家族と話してから出ていくように」、とニールに訴える場面では強さを感じられます。
バズ・オルドリン……アポロ11号のメンバーのひとり。ニールと違い明るい性格の持ち主。ニールの次に月面着陸を行い、月面を歩いた人物となりました。アポロ11号では月面着陸船の操縦を任されていました。
エドワード・ホワイト……ニール・アームストロングの友人で、宇宙飛行士の仲間。ニールの性格をよくわかっている友人で、様々に気を使ったりしながらニールに対して接してくれていました。
アメリカ人初の宇宙遊泳の成功者でもありますが、アポロ計画の訓練中、アポロ1号の火災事故によりこの世を去ります。
デビッド・スコット……ジェミニ計画で、ニールと船に乗ることになったクルー。作中では描かれていませんが、後にアポロ15号の船長として抜擢され、結果として月面に降り立った人物の1人となりました。
監督はデイミアン・チャゼル
『ファースト・マン』の監督は、デイミアン・セイヤー・チャゼル氏。2014年の作品『セッション』で高い評価を受け、『ラ・ラ・ランド』(2016)でアカデミー賞を受賞しています。
CGを多用せず、音響を駆使し、リアリティを表現することで定評のある監督です。
それは『ファースト・マン』の中でも活かされています。
チャゼル監督は、この映画でニールの本当の姿を描き、「この出来事を神話から解放してあげる良いタイミングだと思った」と語っています。
主演や脇役のキャストはこちら
ニール・アームストロング……「ラ・ラ・ランド」でチャゼル監督と組み、ゴールデングローブ賞を受賞したライアン・ゴズリング。複雑な内面を持つ難しい役に多く挑戦しており、『ファースト・マン』でもニール・アームストロングの孤独や内に秘めた感情を的確に表現しています。バンドや映画監督など、マルチに活躍する俳優です。
ジャネット・アームストロング……ニールの妻を演じるのはイギリスの女優クレア・フォイ。Netflixで人気を博する「ザ・クラウン」ではエリザベス2世役を演じ、エミー賞を受賞しています。『ファースト・マン』ではゴールデングローブ賞最優秀助演女優部門にノミネート。
バズ・オルドリン……ともに月に着陸を果たしたオルドリンを、コリー・ストールが演じました。日本では『アントマン』の科学者役でおなじみです。2016年のカンヌ映画祭では、出演した「Caf Society』がオープニング作品に選ばれ、レッドカーペットを歩きました。
エド・ホワイト……ニールの友人を演じるのはジェイソン・クラーク。オーストラリア出身の男優です。映画ではキャスリン・ビグロー監督のアカデミー賞受賞作品『ゼロ・ダーク・サーティ』でのダニエル訳が有名です。ほかに「華麗なるギャツビー」や「エベレスト 3D」「猿の惑星:新世紀」などにも出演。
デビッド・スコット……クリストファー・アボットが演じています。日本で公開された映画はまだ数少ないですが、アメリカではインディペンデント・スピリット賞の主演男優部門にノミネートされたこともある実力派男優です。村上龍さん原作の『ピアーシング(原題)/ Piercing』でも主要キャラを演じています。(日本未公開)
リアルさを追求したカメラワーク
『ファースト・マン』の宇宙でのシーンは、リアルさを追求し、CGが使用されませんでした。
大変な費用の掛かる最先端技術IMAXカメラを使う一方、宇宙飛行士の目線の表現では35ミリ、16ミリカメラで撮影しています。
ハンディカメラで写されたように乱れる映像、手振れのような揺れがダイナミック。実際にその場に立ち会っているような錯覚を呼び起こします。
実際、4DX機能のある映画館では、映像に合わせて座席が稼働するシーンも。
手振れのようでつらかったという意見もありますが、宇宙船に乗った時の酔いと同じ感覚を得られたのだから、とても希少な体験ができたとも言えます。
なお、この表現は高く評価され、アカデミー賞視覚効果賞を受賞しています。
静寂と爆音のコントラストも印象的でした。
ジェミニ8号の訓練では、静寂、ハエにイライラして叩く音、そして静寂……からの爆音。
ピリピリとした空気に息をのんでしまいます。
宇宙開発計画に突き進んでいた時代
映画の舞台にているのは1960年ごろ、時代は第二次世界大戦が終わり、冷戦の時代へと突入していました。
二つの敵対する強国、アメリカとソ連。どちらがより凄い技術を持ち、優位に立てるかの競争が、世界を動かしていました。
その中で焦点が当てられたのが、宇宙計画。
この競争は1957年から75年までの間行われました。
どちらが人工衛星を早く飛ばせるか、どちらがより早く宇宙へ向かうことができるか、そして、どちらが早く月に向かうことができるのか――この目標のため、多くの人やお金、技術が注ぎ込まれました。
宇宙飛行士選抜試験に応募したニール
1960年ごろ、空軍の新型飛行機のテストパイロットとして活躍していたニール・アームストロング。
彼は、その技術を認められて宇宙飛行士選抜試験へとおもむくこととなります。
彼には愛する妻ジャネット、そして大切な子どもたちがいました。ですが、娘カレンには脳腫瘍という重大な病気があり、X線治療を受けていました。
一時期は改善に向かったと思われたのですが、治療は報われず、娘は亡くなってしまいます。
普段は寡黙で感情を表に出さず、妻の前でも毅然とした態度を崩さないニール。けれど人のいない場所では、娘の治療記録をめくっては耐え切れず嗚咽を漏らしてしまう――それほどに、娘の死は彼の心の中に深い傷を残したのでした
宇宙飛行士選抜試験の募集があったのはその頃でした。ニールは、娘の死という現実から逃れるように試験に応募。そして、合格した事を知ります。
同僚の死にあの世の近さを実感
時は移り変わって1965年9月20日。
何年も訓練を重ね、ニールの技術は同僚たちに評価されるものとなっていました。
感情をあまり表に出さない彼ですが、同じく宇宙飛行士の選抜試験を受けて計画に参加しているエリオット・シーなど、同僚内で友人も増えています。近所に住んでいるエドワード・ホワイトとは家族ぐるみの付き合いもあるほど。言葉が少なくて誤解されやすいニールを気にかけてくれるやさしい友でした。
けれど宇宙飛行士の訓練は、常に死と隣り合わせ。
ある日、エリオットが訓練中の事故で亡くなります。
友人の葬儀に立ち会ったニールの前に、カレンの幻が姿を現しました。改めて、今の任務が命懸けである事を、彼は実感したのでした。
ジェミニ計画の失敗と課題
ニールは、「アポロ計画」の前段階に当たる「ジェミニ計画」において、ジェミニ8号の船長に抜擢されます。
「ジェミニ計画」とは、月から宇宙船を飛ばす技術がなかったために、小さな探査船で月面に降りるというもの。調査の後は宇宙船にドッキングするのですが、その際に彼が船外に出て操作することになっていました。
一定期間宇宙に滞在する必要のある、難しい計画。じっさいに実験が行われたのですが、ドッキングまではできたはいいものの、結果的に予期せぬ事故に巻き込まれ、船が回転し制御不能の状態に陥ります。
ニールは、テストパイロット時代に培った能力と宇宙飛行士としてのトレーニングで得た技術でなんとかこの危機を乗り切りましたが、最終的に計画は失敗。
課題を残したままジェミニ8号の計画は終了となったのでした。
アポロ1号の火災事故
たび重なる失敗と、そのたびにつぎ込まれる膨大な予算。一方で、ガガーリンの宇宙遊泳が成功し、先をいくソ連――アメリカ国内での宇宙計画に対しての反発が強くなる中、アポロ計画が始まりました。
アポロ1号計画及び、任務の実行が行われることとなり、クルーには友人のエドワードたちが選ばれました。
同僚であるガス、エドワード、ロジャーがロケットに乗り込み、最終テストに向けての発射を待っている中、ニールはホワイトハウスで宇宙計画推進にあたっての交渉に当たります。
そしてその交渉中、3人のクルーが火災事故で亡くなった事を知るのでした。
アポロ計画はまたしても世間からの非難を浴びます。
何とかして計画を成功させなくてはこの非難が収まることはない、と、ニールは計画に没頭していきます。
そんな日々の中、犠牲となったのは家族との時間。妻ジャネットとの会話もなくなっていくのでした。
船長であることを家族に言えないニール
何年もの間、月に着陸するための訓練をこなす日々を過ごすニールたち。
訓練は命がけの物が続き、最中に何度もカレンの幻が見えます。
そして、1969年にアポロ11号が月面に向かうことが決定。ニールはアポロ11号の船長に選ばれたのでした。
出発の日まで、彼は妻との会話を避けていました。
危険な任務に向かい、帰ってこられないかもしれないことを、告げることができなかったのです。
けれど、ジャネットに「命をかけたことなのだから、事情を説明してから出て欲しい。自分たちにも覚悟が必要なのだから」と言われ、やっと月へ行く旨を伝えることに。
次男マークから「帰ってくるよね?」と問われ、彼は自分に帰る場所があることを思い出しました。
そして、「そのつもりだよ」と答えるのです。本当は何の保証もないことを隠して……
胸に秘め続けていた家族愛
1969年7月16日、ロケットは地球を飛び立ち、宇宙をわたり、月へとたどり着きます。
ニールが月面に一歩をしるす瞬間は、世界中に生中継されます。アメリカが歓喜に震えた瞬間でした。
幾つかのミッションをこなしたのち、ニールはに「ちょっと言ってくる」と伝えて、一人、月面を歩きました。
あるクレーターで立ち止まった彼は、娘の形見を取り出し、そっと供えます。
地球に戻ってきたニールを待っているのは愛する家族、そしてアメリカや世界各国からの祝福でした。
秘められた10分間
ニール・アームストロング船長が月面で過ごした時間。
そのほとんどは記録され、数々のメディアでも発表されているのですが、一部隠されていた部分がありました。
ニール達宇宙飛行士がアポロに積み込んだ個人的な荷物と、ニールが月面で過ごしたひとりきりの時間の内容です。
ニールに与えられた10分、その間彼は何をしていたのか。
映画の中では、その時の彼は、娘の形見であるブレスレットを月に置いていました。
月面着陸への執着しつつ、その理由をだれにも語らずいたニール。このシーンで、娘への気持ちが彼を月面に駆り立てたのだと映画は語っています(これはジェイムス・R・ハンセンもおそらくそうだったのだろう、と想像しています)。
ニールが英雄ではなく、家族や友人との別れにずっと苦しんでいた人間であったことが、どんなセリフよりもくっきりと伝えられています。
そのシーンがあったからこそ、彼が無事に地球に、家族のもとに帰ったことがうれしく感じられるのでした。
カレンのブレスレットは、本当に月面に残されているのでしょうか。
それは今でもなぞになっています。
愛しい娘を幼くしてなくさなくてはならなかった、一人の父の秘められた心情。
それは、永遠に謎のままでもよいのではないでしょうか。
星条旗の描き方に賛否両論
アメリカが月面着陸に最初に成功したと感じさせる、シンボリックなシーンが、月面に立てられる星条旗。
映画の中では、このシーンが描かれませんでした。
そのために、一部のアメリカ人の中には、この映画はアメリカの愛国心を表していない、と非難している人もいます。
また、「Whitey on the Moon(月に降りた白人)」が作品内に挿入されています。貧困にあえぐ黒人がいるのに、白人は莫大な国のお金で月面に向かうと語るアフリカ系詩人の作品。
愛国心に訴えるシーンを省き、国民からの非難を紹介。
国の威信をかけた事業の成功で、浮き立つようになる感情をじっくりと抑え、冷静に月面着陸について描いているのが印象的です。
『ファースト・マン』はニール公認の自伝が原作
出典:amazonこの作品には原作があります。歴史学者ジェイムズ・R・ハンセンが筆を執り、ニール・アームストロングが公認した『ファースト・マン 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生』という伝記です。
その本に描かれていたのは、一人の苦悩する男性の姿。
世界中で脚光を浴び、ヒーローとして扱われていた「アポロ11号の船長」ではなく、寡黙でストイックながらも、娘の死をずっと引きずっている面も持ち、世間からの非難にさらされあがく姿もある、あるがままのニール・アームストロングです。
なお、その中には、宇宙船に持ち込んだ荷物の中のいくつかも明記されています。家族への贈り物やアポロ1号の乗務員の記念メダルと合わせて、ライト兄弟の飛行機のかけらも持ち込んでいたとか。お守りのような気持だったのでしょうか。冒険者として、偉大なる先達をリスペクトしていたことを感じられるエピソードです。
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