怪談は夏の風物詩。ですが、小雪舞い散る冬にこそふさわしい怪談も日本にはあります。この本のテーマは「雪女」。どうぞ震えながら、お楽しみください。
怖い話の季節
日本では、怪談といえば夏の風物詩。夏休みシーズンにはテレビの特番で、どのチャンネルでも心霊ものが花盛り。お盆も夏ですし、それにまつわる怪談もよく聞きます。
しかしヨーロッパでは、怪談は冬のもの。暖炉の前に集まって、怖い話をするのだそうです。それもまた、楽しそうではありませんか。私たちが年末年始のテレビ番組を見るような気分で、そんな地域の子供たちは、怖い話をわくわくしながら待っているものなのでしょうか。
今回は、”日本の冬”にぴったりの短編集をご紹介したいと思います。日本人ならきっと誰もが知っている「アレ」をテーマとしながら、その伝承に乗っ取った古めかしいものから、とびきりのアレンジで現代に現れるものまで。
そのすべてが、恐ろしさとともに、確かな美しさを纏った怪物たちの物語。
美しさ?
だって、想像できませんでしょう。
美しくない”雪女”なんて。
原点回帰
この短編集の素敵なところは、現代作家の書きおろしと、過去の名作が一緒に収録されているところです。
最初に収録されている作品は名作も名作、おそらくはもっとも有名な雪女のお話です。
作者はラフカディオ・ハーン。のちに日本に帰化し、小泉八雲と名乗ったイギリス人です。名前はとっても有名ですので、見たことのある方もいるでしょう。のっぺらぼうの出てくる「こんな顔だったかい……」でおなじみの「むじな」も「雪女」ともども、彼の綴った「怪談」に収められています。
内容はいたってシンプルで、ご存知の通り。
二人の木こりが山小屋で眠っていると、雪女が入ってきて、片方の木こりを殺してしまいます。もう一人の木こりは一部始終を見ていて、自分も殺されてしまうと思ったのですが、雪女が「なんだかかわいそうになってしまったから、殺さないであげよう。でも、このことを誰にも言っちゃいけないよ」といって、逃がしてくれました。
その後、生還した木こりは結婚して子宝にも恵まれ、幸せに暮らします。ですがいったいどうしてなのか、魔が差したのか、ある晩妻にそのことをぽろりと話してしまうのです。
あとのことは、怪談話に慣れ親しんだ方ならば、知らなくても予想できるかもしれません。全く予想がつかないという方は、ぜひ、自分の目で確かめて。
いまどきの雪女
雪女にもいろいろ伝承がありますが、彼女たちはあまり、都会での生活には向いていないのかもしれません。
それでも都会に身を投じ、それだけでなく都会の男に恋をしてしまう雪女だっています。
この「バスタブの湯」は、まさにそんなお話。
主人公がボーイとして勤める、夜のお店の新人さん。うなじがきれいで、ちょっとシャイで、いわゆる「楚々とした美人」というやつです。
主人公は彼女に妙に気に入られ、ぐずる客を帰した後に途中まで送ってもらったのを皮切りに、あれよあれよと距離を詰め、いつの間にやら彼女の家で夜を明かすこともあるくらいの仲にまで発展しました。
そんなにきれいな女性と、こんなに早く仲良くなっちゃって……と、普通ならやっかむところではありますが、そうじゃないのが怪談の所以。
ある日手に違和感を覚える主人公。見るとすっかり血の気が引いて、指が真っ白になっています。最初は感覚もなかったのですが、そっちのほうがよかったかもしれません。その指は時間が経つごとに耐えがたい痛みを発し、とうとう耐えきれずに薬局に飛び込んで、薬と包帯で急場しのぎをする羽目に。
すっかりいい仲の彼女はその指を握って「大丈夫?」と気遣ってくれるのですが、彼の指は悪化を続けます。薬だけでは無理かもしれないと判断して向かった病院で告げられた診断は……凍傷。それも、しもやけだとかの、ちょっとやそっとのものではありません。
その指を彼女と結びつけてしまい、むしゃくしゃしていたことも手伝って、二人は喧嘩をしてしまいます。付き合ってたわけでもないよね、と開き直る主人公に彼女は食い下がり、その願いを言います。
「今日だけ部屋に来て。これで最後でいいから」
彼はそれに応じました。それで彼女の気が晴れるならと。しかしそれは、絶対に選んではならぬ返事だったのです。
意外な侵入経路
雪女に限らず、怪異というものはびっくりするようなところを侵入の糸口にしてしまいます。そのなかでも久美沙織氏の「涼しいのがお好き?」は、きっと今まで誰も考えたことのない「侵入経路」でしょう。
たまらなく暑がりな夫と、ひどい寒がりの妻。夫が寝る間にも冷房を入れるものですから、妻は毎日寒さに震えて暮らしていました。つらいはつらいのですが、冷房を切ってしまうと今度は夫が暑くて眠れない……となるのは火を見るよりも明らか。
そうなると夫は、ひんやり冷たい肌の妻にべたべたとくっついてきて、うっとおしくってやっぱり眠れないのも経験済みです。
なんとかお互いに、快適な夜を過ごせないものかと頭を抱える妻でしたが、ある日、雑誌の広告に惹かれるものを見つけました。そこには「無料モニター募集」というそそられる文字が躍る画面で紹介されていたのです。
こういう広告につきものの「愛用者の言葉」もきっちり完備。内容はといえば、まさにこのご夫婦みたいに、互いの適温で争っていたのが一挙解決、というもの。
思い切ってその「無料モニター」に申し込んでみる妻でしたが、届いたのは想像もしていなかったしろものでした。
こんなジョークで、一休み。
ジュブナイル小説(10代向けの小説)でも、本格推理でもおなじみの赤川次郎氏も、このアンソロジーに参加しています。それも、かなり変わり種の「雪女」で。
とある会社で、慰安旅行に行く予定がありました。しかし、この旅行へ絶対に行きたくないと断固主張する女性が一人。周りは必死に懐柔にかかります。お酒や一発芸の強制だってないし、気楽なものだから大丈夫だと。
しかし彼女の行きたくない理由はそういうものではないのです。ただ、自分が「ゆきおんな」だから。
それを正直に話してもなお、一緒に旅行へ行こうと誘う周囲の人々。「雪ばかりでもいいじゃないか」と励まされ、結局彼女も同行することになります。しかし、本当に大事件が起きるまでは、誰一人気づかなかったのです。彼女と周囲の、認識の齟齬を。
一休み、だなんてご紹介しましたが、うそをついたかもしれません。
ジョークがある短編、としては間違いないのですが、結果があまりにも……凄惨なものなので。
進化し続ける怪異
この短編集に収録されているいくつかの物語を紹介しただけですが、これだけでも「自分の雪女のイメージとは、ずいぶん違う」と思う方もいらっしゃるでしょう。
それもそのはず、怪談とは常に進化していくものなのです。気の遠くなるような昔からある地域伝承も、ぽっと出の都市伝説も、その法則からは逃れられません。
この作品集には、ちょっと安心するような雪女らしい雪女も、びっくりするような雪女らしからぬ雪女も、まだまだ隠れています。
雪女に限らず、いつの日にか……あなたの知らない切り口の、よく知っている物語に出会う日が来るかもしれませんよ。それがどんなジャンルの物語であれ、ときめきを伴う出会いであることを祈ってやみません。
それではどうぞ、また逢う日まで。
ほうら、雪が降ってきましたよ。
足元をすくわれぬよう、お気をつけて。
参考元
- ・雪女のキス光文社
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